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チーム:ロック座談会【映画館】
[8] -25 -50 

1:🎏 名無しですが何か?:2012/3/4(日) 14:12:43 ID:1lvOPQUkic
お題【映画館】

下記の順番でお願いします。

シーナ ◆BM.ewXvGdw
カールスモーキー志藤 ◆eHb.UoolfY
ベーシー ◆UAbyVc9eBE



7:🎏 ベーシー ◆UAbyVc9eBE:2012/3/7(水) 08:39:25 ID:3aYJpgT/Z6
一週間経って、俺はまた映画館に来ていた。彼女にまた会えればという淡い期待と、彼女の悲しみに何も出来ない情けなさを抱えながら、ヤニ臭いロビーで彼女を待つ。
不意に話し掛けられた。

「隣、よろしいですか?」

彼女が来た、そう思って振り向いたその先には………栗色の髪の少年が立っていた。

「あっ!あのお姉さんだと思ったでしょー」
その少年はけらけらと笑って言った。背は座った俺と同じ位、栗色の髪をボブカットにしている。
「あのお姉さんは今日は用事で来れないみたいよ〜」声変わり前なのか、高い声で俺をからかう。白い肌がどこと無く彼女に似ていた。
「いきなり何なんだ?大人をからかうんじゃない」彼女が来ないことへの落胆が、声に出てしまうのが情けない。
「あ、そんなことより、話しがあるんだよ。ここじゃ何だから、一階の喫茶店まで来てくれる?」
言うなりずんずん歩き始めた。


喫茶店で少年と向かい合う。喫茶店とは言っても、カウンターと2人掛けのテーブルがいくつかあるだけの、映画館の入り口の脇の簡素なスペース。
俺はコーヒーを、少年はホットミルクを注文して言った。
「でね、お兄さん。話しなんだけどさ」
「ちょっと待ってくれ。一体なんだ?まず、お前は何なんだ?」
「僕?僕はこの映画館の幽霊」
「ったく、さっきも言ったが大人をからかうな」
「僕のことはどうでもいいの!!そんなことよりさ、お願いがあるんだけどさ」俺の言葉を遮って言って、そしてこう続けた

「お姉さんを助けてあげてくれない?」
8:🎏 シーナ ◆BM.ewXvGdw:2012/3/7(水) 12:45:39 ID:iyqk0HajIg
「は?」
「間抜けな顔しないでよね。こないだお姉さんと話をして、可哀想とか思わなかった?」
「それは、まぁ思ったけど…」

彼女に会ったらまた映画の後に話せれば、と思っていた。
先週「昔を思い出す」と笑っていた彼女を思い出す。どうしたらいいかなんてわからないけど、俺が話をすることで彼女が笑うことができるなら、それくらいのことはしたいと思った。

「ダメだよ!」

少年が急に大きな声を出す。

「お兄さんの考えてることわかるよ!でもそれじゃダメなんだ。先週だってお姉さんはお兄さんの話に笑ったわけじゃない。…お姉さんは、思い出の中にしか、幸せを見つけられないんだ…」

少年はホットミルクのカップを両手で握り締めたまま俯いてしまう。
泣いているのだろうか、慰めようと少年の手に触れると温かかった。幽霊なんてやっぱり嘘だ。
俺が手に触れたことに驚いたのか顔を勢いよく上げて手を引っ込める。涙は零れていなかったが、俺を見つめる大きな瞳は潤んでいた。

「…お姉さんを助けてあげて…。思い出から解放してあげて欲しいんだ。…こんなとこに縛られてたら、ダメなんだ」

あまりに必死な少年からのお願いにすぐに返事ができない。だって俺にはわからないことが多過ぎる。
でも、そうだ。先週彼女が声を掛けてくれて嬉しかった。孤独で寂しかった俺が、この一週間、なんだかウキウキしていた。
「じゃあ」「また」
そんな言葉が嬉しかったんだ。この街で誰かが俺を待っていてくれる。それだけで、今までの寂しさが消えてしまったような気がするくらい。

「できれば、助けてあげたいとは思うよ」
9:🎏 カールスモーキーしとう ◆eHb.UoolfY:2012/3/7(水) 18:59:47 ID:G4bw/0.ftY

少年の瞳に光が灯る。

「でも、俺はどうすれば…」

そう、俺は自分の寂しささえも、誤魔化すことしか出来なかった男だ。

そんな俺に、誰かの心の隙間を埋めることが出来るだろうか。

「…そんなこと、自分で考えてよ。年端もいかない少年に、女性の扱いの手解きを受けるつもり?」

少年は呆れたように、しかしさっきより明るい顔で言う。

「僕が言いたかったのはそれだけ。じゃあね」

僕も忙しいんだ、と少年はそそくさと去って行った。

「…何だったんだ」

独り残された俺は、まだ温かいコーヒーをちびちびと飲みはじめた。



「―というわけで、この土地を譲っていただきたいわけです」

「ええ。お話は解りました。しかし…」

「…まだ、金額にご不満ですか?」

こちらとしては破格の交渉のつもりですがねえ、とスーツの男は言う。

「いや、そういうわけではないんですよ。…ただ、」

「ただ?」

「…この場所には、思い入れがあるんですよ。街の人たちで賑わったあの頃の、私の全てが…」

「…お気持ちは解ります」

また後日伺わせていただきます、と男は席を立った。

10:🎏 ベーシー ◆UAbyVc9eBE:2012/3/8(木) 08:01:14 ID:8m3SaG5X5s
ごめんなさい。パスです。
11:🎏 シーナ ◆BM.ewXvGdw:2012/3/8(木) 12:38:40 ID:qmh5YAfdUw
俺はその日は結局映画を観ずに、コーヒーを飲んで帰った。
彼女は来ないようだったし、少年からのお願いが気になって映画どころじゃなかった。

どうしたら彼女を救えるかなんて、考えても考えてもわからなかった。
だって彼女は今幸せなんだ。思い出の中で。両親のいない現実に引き戻していいのだろうか。俺と同じ、寂しくて、孤独を持て余すようになってしまわないか。
そう考えると、俺には彼女の幸せを壊すことができない。
お願いなんて気軽に受けなければよかった、俺には荷が重い。

先週とはうってかわって、俺は休みの日が来るのが憂鬱で堪らなかった。良い案が出ずに週末が近付く。彼女とどんな顔して会えばいいのか、それすらわからなくなっていた。

そしてその週の金曜日、職場の飲み会に誘われた。懇親会とか慰労会とか名前を付けていたが、つまりは俺の歓迎会らしい。2ヶ月間何もなかったのに今更、と思ったが素直に嬉しかった。
俺は職場の人と仲良くなる為に、意気込んで参加した。

「東京支社から来た宮本です。改めてよろしくお願いします」

部長に促され2ヶ月振りの自己紹介をする。やいやい言いながらみんな笑顔で拍手をしてくれる。
ようやく打ち解けられるような気がした。
12:🎏 カールスモーキー志藤 ◆eHb.UoolfY:2012/3/8(木) 19:55:10 ID:VHsghwG3ak

「…飲み過ぎた、かな…」

久し振りに大勢で食事したせいか、ついついアルコールが進んでしまった。

そんな自分を意外に思いつつ、俺は揺れる頭で帰路についていた。

「…ん?」

前から女性が歩いてくる。

肩まで伸びた真っ直ぐなな黒髪に、街灯に照らされた白い肌。

酔った頭でも見紛うはずもない、俺を悩ませる彼女だった。

しかし彼女は、俺には全く気付いていないようだ。

酔いのせいか戸惑いのせいか、何と声を掛けてよいか迷った末、

「お、おはにょうございました」

俺はまるで、壁に空いた穴を弄んでいたら突然女子高生が訪ねてきたかのような挨拶を発した。

「…?」

彼女は訝しげな表情をしている。

それは、俺の素っ頓狂な言葉に対するものではなく、
まるで俺が誰だか分からない、という様子だった。

「…あ、あの、この前映画館でお話しました、よね…?」

「…ああ、この前の!」

アルコールのせいで勘違いしているのかもしれないと思い俺が尋ねると、
彼女は何か合点がいったように、明るい表情で答えた。

「この前はありがとうございました」

「いえいえ、俺こそ大した力にもなれなくて…」

言ってから、俺は後悔する。

力になってあげてほしい、というのは彼女ではなく、あの奇妙な少年の願いなのだ。

しかし、彼女はそんな俺の言葉に気を止めることはなく、ただ

「先週は、ちょっと用事があって…。来てくれたのに、ごめんなさい」

と俺に微笑みかけた。

13:🎏 ベーシー ◆UAbyVc9eBE:2012/3/9(金) 09:52:24 ID:GaF3sJPqRs
「いや、別に会う約束をしてたわけでもないですし、謝らないでください」つられて俺も微笑む。

「お家まで送りますよ」と言って、彼女と並んで歩く。相変わらずシャンプーのいい香りがする。
「明日もいらっしゃるんですか?」
「へ?」情けない声が出てしまった。
「映画館」
「あ、はい、お昼前には行こうと思ってます」酔った頭に鞭打って、真面目に答える。
「そうですか、私も明日は行けると思うんです」
「じゃあ、明日も会えますね」
「そうですね。今度は約束です」微笑みながら、彼女が言う
「約束、ですか?」
「約束、です」小学生のような微笑みだった。

その後は雑談をしながら歩いた。好きな映画について話すと、彼女はホームアローンと言っていた。
「あれに憧れて、弟と家に悪戯して父親に凄く怒られた事があるんですよ〜」と笑った彼女の声は、どこと無く悲しげだった。


商店街の入り口まで来た
「じゃあ、私はここで」
「はい、また明日」
彼女と別れて、ウキウキした気持ちで帰途に着く。
先週も映画館に行った事を彼女はなんで知っていたのか?とか、彼女と別れたのはその映画館のある場所だったことは、考えていなかった。
14:🎏 シーナ ◆BM.ewXvGdw:2012/3/9(金) 14:37:42 ID:eycZAGN556
家に着くと同僚からメールが届いていた。「明日○○と●●と遊び行こう」という、俺にとっては飛びつきたい程嬉しいお誘いだったが、丁重にそれを断る。

そうだ、約束したんだから。

俺に彼女を救うことはできないかもしれない。むしろ、できないだろう。
それでも、思い出の中で1人きりよりは、話を聞いてあげるだけでも何かの役に立つのではないか。

あの少年に怒られるだろうか。
いい、怒られたら謝ればいい。

あんなに悲しく優しく微笑む女性を俺は今まで見たことがない。
それを壊す覚悟なんて、どれだけ悩もうと俺にはできない。


いつの間にか酔いはすっかり冷めていた。
どこか気分が落ち着かず、冷蔵庫に入っていた缶ビールを一気に飲み干してベッドに潜り込む。
喉を伝っていった冷たい液体が体を温め始めた時、ようやく俺はぐるぐる回る思考を止めることができた。
15:🎏 カールスモーキー志藤 ◆eHb.UoolfY:2012/3/10(土) 12:29:47 ID:of7xHQJUJs

夢を見た。

昔見た映画の記憶。

誰かが、見たことがないなら早く見た方がいい、と歌っていた映画。

あれはなんという映画だったか。

登場人物は俺と彼女になっていた。

二人は学校のクラスメイトで、ある日突然年不相応の恋に落ちる。

大人たちは、「    」故に二人の仲を認めようとしなかった。

そして俺は仲間の協力を得て、トロッコに乗って二人で逃げ出したんだ。


一つだけ映画の物語と違ったのは、括弧の中身。

彼らは、何と言って二人の仲を認めなかったのだったか―

16:🎏 ベーシー ◆UAbyVc9eBE:2012/3/10(土) 21:33:03 ID:IkYx9owoHI
思い出そうとしている途中で、目覚まし設定をしていたテレビがついた。しょうがないのでベッドから降りる。
テレビでは天気予報が流れていた。今日の予報は曇り後雪、番組のBGMでは男が『胸を張って出掛けようぜbaby』と歌っていた。
手早く朝食を済ませて着替える。夢で見た映画がまだ思い出せない。もやもやする。


灰色の空の下を歩く。映画館の手前の路地に、あの少年が俯いて立っていた。
「おはよう」
「ああ、おはよう」
「お姉さんは、もう中でお兄さんのこと待ってるよ」
「そうか、じゃあ早く入らないと」
そう言って進もうとしたとき、また話し掛けられた

「話があるんだけどさ」
「ん?なんだ?」
「お兄さんはさあ、今からやる事が、本当にお姉さんの為になると思ってる?」
「…わかんないよ。でも、俺が話を聞くだけでも、彼女は笑っていられるだろ?」
「あの映画館はさ、お姉さんにとってはさ、宝物なんだよ。」
「……それは、見ればわかるよ」
「とっても大きい宝物で、だけど、お姉さんは家族がいなくなっちゃったから、自分で背負わなきゃならない。」
「……」
「だけどさ、あんなに大きな荷物を一人で背負ったら、何処にも行けるわけがないんだよ」
「……」
「だから、お姉さんは何処にも行くことができない。その内にさ、荷物の重みで潰れちゃうかもしれない」
「……」
「お兄さんのすることは、本当にお姉さんにとっていいことなの?」
「……」
「お姉さんを、映画館にさらに縛り付けるだけじゃないの?」

俺は何も言えなかった。
俺が、彼女の映画館の話を聞けば、彼女は笑うだろう。そして笑えば笑うだけ、思い出は彼女にとって大きな物になる。大きくなればなるほど、映画館は彼女にとって重荷になり、捨て難いものになる。

「話は、それだけなんだけどさ……。とりあえず、お姉さん待ってるからさ、映画館入りなよ。」


俺は、何も答えられないまま映画館に入った。
17:🎏 シーナ ◆BM.ewXvGdw:2012/3/11(日) 02:22:36 ID:8V9cXB7trM
少年の言ってることはわからなくはない。
でも…だけど…
頭の中ではそんな言葉ばかりが溢れている。それに続く言葉は形を成していない。

胸なんて張れない…
朝一番に耳に入ってきた歌に向かって心の中で舌打ちをする。


劇場の扉の前に置かれた赤いベロア生地の長椅子に彼女は座っていた。俺を見つけて柔らかく微笑む。

「こんにちは、今日は寒いですね」

その笑顔を見た瞬間、今朝の夢がフラッシュバックする。

―トロッコに乗って、ここじゃない所へ―

ここじゃない所って何処だろう。俺と彼女の共通の場所はここだけだ。

ビージーズの音楽が蘇る。

何故だろう、悲しい。

そうだ、俺達には仲間はいない。
そうだ、俺達は逃げ出せない。そんな場所なんかない。

俺はいつの間にか口ずさんでいたのか、彼女は「懐かしい、好きでした。小さい頃ここで再上映してて、みんなで応援したの。でも角にあるタバコ屋のおじさんはね、2人を責めてた。勝手で我が儘だって、行く先に幸せなんかないって」と笑う。

あぁ、思い出話の中の彼女は本当に幸せそうだ。

「ねぇ、50年も同じ人を愛し続けることができる?」

彼女は楽しそうに俺に尋ねる。

150学期だっけ?そうだ、ダニエルは頷いた。もう1週間も愛してるからって…
俺は?彼女と2週間振りだ。
これは愛?ううん、きっと違う。

俺が考えあぐねていると、そんな俺にお構い無しに彼女は一層楽しそうに笑う。

「私はできるわ。50年、想い続けることが…ううん、50年以上でも平気」
18:🎏 カールスモーキー志藤 ◆eHb.UoolfY:2012/3/11(日) 04:18:55 ID:is79/5bWLs
「―ですから、彼は英国国歌の口笛を吹いたんです」

高校の先生の受け売りですけど、と彼女は続ける。

映画の話をしている彼女は、本当に生き生きとしていた。

俺は、この前と同じコーヒーを啜る。

「…それにしても、この映画もですけど」

突然、彼女は言った。

「ハッピーエンドじゃない映画って、後味悪いですよね」

どこか、諦めを含んだような表情。

それはさっきまでの映画に意見を述べる表情ではなく、

彼女自身についての思いを投射しているようだった。


「では、また今度」

彼女は映画館の入り口で立ち止まる。

また、しばらく独りでいたいのだろう。

俺は軽く挨拶し、夕暮れの街に歩き出した―

「…あ、宮本さん!」

―ところを、彼女に呼び止められる。

「携帯、落としましたよ!」

振り向くと、彼女は足元を指差していた。

ポケットを探ると確かに、携帯電話がない。

戻ってみると、ドアの外側にそれは落ちていた。

「ありがとうございます」

「いえ。…では今度こそ、また次の休みに」

俺は再び歩き出し、考える。

(…今日のスカートだと、しゃがんだら下着が見えるからかな)

俺は違和感を妄想にすり替え、カラスの鳴く帰路を歩んだ。

19:🎏 ベーシー ◆UAbyVc9eBE:2012/3/12(月) 00:17:08 ID:zXMpxfCYWY
帰り道、歩きながら考える。
自分のこと。彼女のこと。今まで。これから。

彼女は「ハッピーエンドじゃない映画は嫌だ」と言った。
彼女の人生を映画とするなら、彼女はきちんと主演女優となっているだろうか?物語は彼女を中心に回っているだろうか?俺の役割は、主演俳優なのか?助演男優なのか?通行人Aか?
そもそも彼女は主演女優になりたいか?こんな不幸な始まりの映画に、ハッピーエンドは訪れるのか?
俺は、この映画でどんな役周りを演じればいい?


歩道橋を渡る途中、ふと右の空を見る。見事な夕日だった。思わず見とれてしまう。

茜色の夕日眺めてたら、少し思い出すものがあった。なんてことはない、今日の朝の天気予報。
20:🎏 シーナ ◆BM.ewXvGdw:2012/3/13(火) 00:00:23 ID:xx6COrmFXI
予報では曇り後雪だった。
確かに西の空が少しずつ暗くなってきている。
陽が落ちる暗さとは別の、黒い雲が空を覆おうとしている。
夕日がギリギリでその雲から逃れている。

真っ黒な空で赤く燃える夕日を見て無意識に溜め息が出る。
空気が冷えてきていて息が白く染まる。


なんでだろう、少し何かが引っ掛かるんだ。
今に始まったことじゃない。
でもいつからかハッキリしない。
頭のどこかで何かが引っ掛かっている。

何かが…
何かが…



雲が夕日を侵食し始める。
俺が吐く息は白い。


ハッピーエンドの映画って何があったっけ。
頭の中で色々な映画を思い出す。
意外と思い浮かばない。


夕日が雲に消えていく。
夕日の最後の足掻きだろうか、俺が吐いた白い息を赤く錯覚させる。

そのコントラストが心に引っ掛かりを残す。


雪が降りだす前に帰ろう。

襟元を吹き抜ける冷たい風に肩を竦め家路を急いだ。
21:🎏 カールスモーキー志藤 ◆eHb.UoolfY:2012/3/14(水) 02:00:48 ID:VHsghwG3ak
「―では、こちらにサインを」

スーツの男に促されるままに、書類の上に万年筆を走らせる。

このほんの一筆が自分の思い出の結晶を取り壊すと思うと、どことなく虚しく思われる。

「…本当に、宜しいのですか」

男は言う。

何度も訪ねてきておいて何を言うか、という言葉を飲み込む。

この男は利益の為の交渉でなく、街に人気を取り戻し再興する為にやってきた。

その志が本物であることは、度重なる訪問でよく伝わった。

「ええ。…あの頃のような賑わい、それもまた私の望みであり、思い出です」

机に万年筆を置く。

…ただ、気掛かりなのは―

「…では、閉館や工事の詳しい日時はまた後日」

男は書類を鞄に仕舞うと、丁寧に一礼して出ていった。

煙草に火をつけ、ため息のように煙を吐き散らす。

―あの娘は、大丈夫だろうか…。
22:🎏 ベーシー ◆UAbyVc9eBE:2012/3/14(水) 23:06:08 ID:jWUAF0fKNU

「こんばんは、館長さん」

スーツの男とすれ違いに入って来たのは心配していたあの娘だった。幼い頃からの常連のお客さん。親を事故で亡くしたかわいそうな娘。

「ああ、こんばんは、最近は毎週来ているね」
「ええ、ちょっといろいろあったんですよ」楽しそうに言う。

「近頃、男の子とよく話しているけど、恋人でも出来たのかい?」
「うふふ、教えません。ないしょですよ、ないしょ」少し首を傾けて口角を上げる。
この娘のこの表情を見るのは久しぶりだ。この娘が小さい頃は何度も見た。お母さんに内緒でポップコーンをおまけしたとき、他の人に内緒で映写室に入れたとき、決まって嬉しそうにこの表情をした。

もし、あの青年が恋人なら、この娘の新しい止まり木になって欲しいと思った。
家族が死んだ悲しみが癒えるまででいい、この映画館の果たすべきだった役割を担って欲しい。
23:🎏 シーナ ◆BM.ewXvGdw:2012/3/15(木) 11:24:37 ID:c6LdN8AlDo
でもそしたら…


館長はもう1人思い浮かべる。


この子だけじゃない、あの子もいるんだ。
この子はここに縛られている、そしてあの子はこの子に縛られている。


あの青年はどんな人だろうか、何か気付いてるのだろうか。


ニコニコ笑う彼女は「じゃあ」と手を振り、スカートを翻して階段を上がって行く。


今日上映するのはなんだったか…
残り少ない上映、できるだけ幸せな映画を観せてやりたい。
あの子の好きな映画を。





俺が重いガラスの押し戸を開けると、また臨時休業と掲げられた喫茶店の前に初老の男が立っている。
男は俺に気付いたようで、こっちを向いて微笑む。

「おはよう」
「…おはようございます」

見たことあるが誰だかわからない。脳をフル回転して記憶を掘り起こす。
そんな俺に気付いたらしく、男は「ははっ」と笑い喫茶店の前に置かれたベンチに俺を促した。


「この映画館の館長です」

並んで腰掛けた俺に手を差し出す。あまり握手の習慣はないが、男、館長の持つ温かい雰囲気に自然と俺も手を差し出した。

「初めて話をするのに、実に突拍子もなく失礼だと思うが、君には伝えておきたいことがある」

館長はしばし無言の後に真剣な眼差しで俺を見つめる。
これ以上面倒事に巻き込まれたくない、という思いがあったが、うまい断りの言葉を見つける前に館長は喋り始めてしまった。

「ここは、閉館することになったんだ」
24:🎏 カールスモーキー ◆eHb.UoolfY:2012/3/16(金) 00:35:52 ID:VHsghwG3ak
「…はい?」

彼自身が前置きした通りの余りにも突拍子のない言葉に、俺は一瞬なにを言われたのか解らなかった。

「この寂れてしまった映画館を取り壊して、小さなテーマパークでも建てて地元の活気を取り戻そう。そういう話なんだ」

館長と名乗った男は言った。

俺の頭を過ったのは、彼女のこと。

家族を失った彼女の傷を癒してくれるこの場所がなくなれば、彼女はどうなってしまうのだろう。

「…なぜ、それを俺に?」

「君が今考えている女の子の為さ」

俺の頭の中を覗き込んだかのように彼は言う。

「君が最近ここによく来て、彼女と話しているのは知っている。彼女の事情は君も知っているだろう」

君も、と言うからには彼も彼女の身の上を知っているのだろう。

「君ならこの場所の代わりになってくれるかもしれんと思ったのさ」

「…俺に、どうしろと?」

以前あの少年に同じことを尋ねたのを思い出す。

俺はあの日から、何も変わっていないのだろうか。

そして彼もまた、少年と同じことを言うのだろうか。

「別に、どうして欲しいということはない」

しかし、予想に反して彼はそんなことを言う。

「私は君に、タイムリミットを教えておきたかったのさ」

壁に掛かった時計は10時を指している。

「時間は有限、何をするかは君の自由さ。何もしなくたっていい」

全ては君次第さ、と館長は言った。
25:🎏 ベーシー ◆UAbyVc9eBE:2012/3/16(金) 14:45:07 ID:gn/SHE4gko

「本当はね、この映画館は彼女の物なんだ」
「……?どういうことですか?」
「この映画館の初代館長はね、彼女のお祖父さんなんだ。彼女は知らないだろうがね。
この映画館はさ、彼女のお祖父さんとの共同出資で作ったんだ、もう50年も前の話になる。
そして館長にあいつ、彼女のお祖父さんが着いた。私は副館長になった」

少し昔話をさせて貰うよ、と言って続ける

「最初は大変だった。映画館の運営の方法を知ってる人なんて、知り合いにはいなかったしね。それでも、5年もしたら次第に経営は軌道に乗ってきた。
そんな時だった。あいつは館長を辞めると言い出した。
その時、あいつは言ったんだ。

『今度、娘が産まれるんだ。俺がここで働いてたら、家族でここに来る事が出来なくなっちまう』

笑ってしまうだろう?そんな事を言われたら、引き止めるわけにもいかない。あいつは実家の工場を継いだ。そして、毎週あいつはお客さんとして来るようになった。

そこから、20年くらい経った時かな?またあいつは言ったんだ。

『今度孫が産まれるんだ。また家族で映画館に来ることが出来る』

その時、あいつは娘さんとはあんまり仲がよくなかったんだな、あの娘が歩けるようになったらすぐに2人で来るようになった。
娘さんと仲直り出来た後は、言葉通り家族で来るようになった」
26:🎏 シーナ ◆BM.ewXvGdw:2012/3/17(土) 20:27:36 ID:YQLA2uqn2g
俺は館長の話を聞いて、いかにこの映画館が彼女にとって大切な場所なのかを知った。
ただの思い出の場所じゃない。

「手放したくはなかった」

館長は少し眉間に皺を寄せた。
しかしその表情も一瞬で消え、目の錯覚だったのかと思う程、穏やかな表情で俺の方を見る。

「でも、この通り。ここは勿論、商店街自体閑散としてしまっている。私はここの映画館は勿論だけど、この商店街が好きなんだ。この街が賑わうなら、手放すことを、あいつも理解し賛成してくれると思うんだ」

勝手な言い分かもしれないが、と笑う館長を見て、俺は気が重くなってしまった。
どうするか俺の自由と言ったが、そう言うならこんな話は聞きたくなかった。

俺の気持ちが顔に出ていたのか、館長は眉を下げて苦笑する。

「…こんな話をして悪かったね。彼女はもう上にいるよ。映画を観ていってくれ」

俺は正直に言うと今日はもう帰りたかった。
しかし館長に彼女が来ていることを知らされ帰るに帰れない。

俺は階段に向かう。一段目に足を掛けた時に館長を振り返る。
館長はベンチの前に立ち俺を見送っている。突然振り返った俺に驚いた様子があるが、その場に立ったままほんの少しだけ首を傾げた。
俺は踵を返し、再び館長の元に戻る。

「あの、閉館はいつですか?」

「……閉館は1ヶ月後だ。閉館から明け渡し準備をして、この建物がなくなるのは…その数ヵ月後だろう」

俺は会釈だけ返し、また階段を上がった。
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