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ターミナルの神様
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1: 1:2011/12/11(日) 16:14:42 ID:YW2VpLC90c
「出来、たー……!」

オフィス用の椅子を限界まで倒してのけ反ると、背骨と腰の辺りからばきぼきと嫌な音が鳴った。

うん。リアルだ。

ひとりで納得しながら腕を伸ばしていると、窓口に立っていた結さんが振り返る。

「お疲れ様、今日のノルマは終わりよ」

「死んでるのにドライアイになりそうですよ」

「私だって死んでから書類仕事する羽目になるとは思わなかったわよ」

お腹は空かない、でも眠れる。

肉体はないはずなのに、仕事をすれば疲れるし、物に触れることもできる。

死後の世界というものは、全くおかしな場所だった。


140: ひととせ ◆EOQ3BRAmq.:2012/1/3(火) 11:33:53 ID:RGDdi1MlWM
俺は迷った末に、やや無理矢理に話題を変えた。

本当は過去形だけれど、あえて現在形で。

宮田は少し気をよくしたように、大手電機メーカーの名前を告げた。

「すごい有名会社じゃないですか」

「そんなことはないさ」

そう言いつつも誇らしげな宮田に、俺はひとまず胸を撫で下ろす。

さしあたっては、まともな会話ができそうだ。
141: ひととせ ◆EOQ3BRAmq.:2012/1/3(火) 11:34:40 ID:RGDdi1MlWM
「じゃあきっとお忙しいんでしょうね」

俺はせっかく繋がった会話を途切れさすまいと宮田をよいしょした。

この際自分の情けなさは気にしない。

宮田はまあ、と満更でもなさそうにそれを肯定した。

「毎日が激務だよ、使えない部下の尻を叩かなきゃいけないしな。会社に住んでいるようなもんだ」

ご家族は、という質問を俺は呑み込んだ。

下手に刺激することにならないか、代わりに無難な相槌を打つ。
142: ひととせ ◆EOQ3BRAmq.:2012/1/3(火) 11:35:12 ID:RGDdi1MlWM
「大変ですね」

「そうだな、今日もこれから大事な会議が……」

俺の配慮の甲斐なく、宮田はここに来てしまったことを思い出したのか黙り込む。

俺は内心冷や汗をかきながら、宮田の反応を待っていた。

「なあ君、教えてくれ」

意外なほど静かな口調で、宮田が呟く。

「ここは一体、何処なんだ?」
143: ひととせ ◆EOQ3BRAmq.:2012/1/3(火) 11:35:48 ID:RGDdi1MlWM
俺は言葉に詰まった。

せっかく話が通じたのに、また逆戻りになりかねない。

でも宮田は、先程とは打って変わって冷静なようだった。

「……死後の、世界です。あの世、天国、冥界、何とでも言えるでしょうね」

暫く逡巡してから、結局俺は真実を告げる。

宮田はそうか、とだけ呟いて、長椅子から天井を仰いだ。

「君まで、そんなことを言うんだな」

「……すみません」

気圧されて謝ると、宮田がすごい形相で俺を睨み付ける。
144: ひととせ ◆EOQ3BRAmq.:2012/1/3(火) 11:36:18 ID:RGDdi1MlWM
「おい、理由も分からず謝るんじゃない。俺はそういう人間が一等嫌いだ」

「は、はい」

すみません、ともう一度謝りそうになる声を慌てて呑み込む。

また怒らせたかと思ったが、宮田は不機嫌そうに目を眇めただけだった。

何だか酷く情けない。

結さんに見られていたら格好のネタにされていただろうと、俺は密かに安堵した。

「俺は死ねないんだ。俺が死んだら今日の会議は誰が出る」

宮田が遠くの方を眺めながら言う。

「会社は俺が必要なんだ」
145: ひととせ ◆EOQ3BRAmq.:2012/1/4(水) 22:50:28 ID:RGDdi1MlWM
「ご家族だって、悲しまれます」

俺は我慢できずに呑み込んだ言葉を投げ掛けた。

言い聞かせるように会社のことを繰り返す宮田が辛かった。

「他人の君に何が分かる」

宮田が苛立ったように膝を指で叩く。

啖呵を切ってしまえば後は簡単で、俺は負けじと続けた。

「お忙しいんでしょう、ご家族ともあまりお会いになってないんじゃないですか」

「目上の人間に生意気な口を利くもんじゃない、だから何だと言うんだ」

宮田の言うことはいちいち癇にさわった。

これは結さんが営業スマイルをかなぐり捨てたのも理解できる。
146: ひととせ ◆EOQ3BRAmq.:2012/1/4(水) 22:51:28 ID:2ho66zkJlw
「きっとご家族も寂しがってました」

俺は宮田ににじり寄った。

それにつられて宮田が少し身を引く。

「そんな訳がない」

「まだそんなことをおっしゃいますか」

そろそろ俺も切れそうだ。

このままでは結さんの二の舞だと、深呼吸をして気分を落ち着ける。

しかし宮田は切れる寸前だった。
147: ひととせ ◆EOQ3BRAmq.:2012/1/4(水) 22:52:07 ID:2ho66zkJlw
「君もそういう人間だったか。人のことを見下して……」

宮田の拳が膝の上で震える。

感情が高ぶると手が出る類の人なのかと、俺は妙に白けた気持ちになってしまった。

「あの窓口の女も、娘も、皆……!」

宮田の口がわなないて、一層強く拳が握られた。

でも俺はそれよりも、その台詞の方を聞き留めた。

「娘さん?」

宮田ははっとしたように俺を見ていた。
148: ひととせ ◆EOQ3BRAmq.:2012/1/4(水) 22:52:40 ID:2ho66zkJlw
「ご家族と上手く、行っていなかったんですね」

「だから何だ、人の家の事情に。いい加減失礼だぞ、君」

宮田はこの期に及んで取り繕おうとしていた。

差し出がましいのは認めるが、それでも俺に引く気はない。

結果的に結さんと同じような状況になっているのは分かっていたが、ともかく俺は宮田に重ねて尋ねる。

「どうして今ここで、娘さんの話が出てきたんですか」

「君には関係のないことだ」

「関係ならあります」
149: ひととせ ◆EOQ3BRAmq.:2012/1/4(水) 22:53:15 ID:2ho66zkJlw
俺はきっと宮田を見据えた。

「お話を聞かせてほしいと、俺はお願いしました。そして貴方は話してくださった」

随分横暴な理論を振りかざしていることは、分かっているけれど。

「俺には最後まで聞く権利があります」

宮田がぐっと言葉に詰まる。

これはいけるかもしれないと、俺は一か八かの賭けに出た。

「そして貴方には話す義務がある、お分かりでしょう」

「だが、」

宮田が反論を試みるもその声に覇気はない。

権利や義務といった言葉に弱い人がいると聞くけれど、宮田はまさにそれだった。
150: ひととせ ◆EOQ3BRAmq.:2012/1/4(水) 22:53:44 ID:2ho66zkJlw
「教えてください、大切な娘さんとどうして拗れていらっしゃるんですか」

駄目押しにもう一発かますと、宮田は何が気に障ったのか途端に声を上げる。

「大切じゃない。あんな人間俺の娘じゃない」

「どんな人間だって言うんです」

わざと煽るように言ってやれば、宮田が吐き捨てるように語りだした。

「娘も昔は素直だったのに、今ではキモいだの臭いだの邪魔者扱いだ、誰のお陰で食っているかも忘れて」

かかった、と俺は内心ガッツポーズをした。

吐かせてしまえばこちらのものである。
151: ひととせ ◆EOQ3BRAmq.:2012/1/5(木) 22:24:10 ID:VMnJaffQ7E
いつの間にやら宮田は完全に愚痴る姿勢に切り替わっていた。

「高校生なんだが、年頃だから仕方ないとは言え酷すぎる」

宮田が肩を怒らせて嘆息する。

「たまの休日でも顔を合わせると、二言目には見るな触るなあっち行け、死ねの言葉は挨拶だ」

「それはまた凄い娘さんで」

俺は乾いた笑いを漏らした。

確かに父親としては辛そうだけれど、よく聞く話ではある。

俺にもいつか娘ができたらそうなるのかと考えたところで、自分が死んでいたことに気付き顔をしかめた。
152: ひととせ ◆EOQ3BRAmq.:2012/1/5(木) 22:24:47 ID:2ho66zkJlw
宮田の話はまだ続く。

顔を真っ赤にして普段の憤りを吐き出す様子は、なかなか見物だ。

「なあ、酷いだろう。父親を馬鹿にしているんだ。見かねた妻が窘めたとき、娘が何て言ったか分かるか?」

いえ、と俺は否定した。

俺の軽い反応に、宮田がそうだよな、とせせら笑う。

そして自嘲気味に言い放った。

「だって死んでいいし、ああでもお金が困るかも、だと」
153: ひととせ ◆EOQ3BRAmq.:2012/1/5(木) 22:25:23 ID:2ho66zkJlw
全く見下しやがって、と宮田はがしがしと頭を掻く。

本当は自分が死んでしまったことも、頭では分かっているようだった。

要するに、娘の言葉を気にして、死んだことを受け入れたがらなかったというだけのことで。

「俺が死んだところで、精々生活の心配をするようになるだけだ」

宮田が自棄になったように舌打ちをする。

確かにあまりな言いようだが、それは違うのではないかと思う。

もしそれが思春期特有のものだったのなら、そんなことを本気で言うはずがない。
154: ひととせ ◆EOQ3BRAmq.:2012/1/5(木) 22:26:01 ID:2ho66zkJlw
「でしたら、」

と、俺は宮田を制して声を張り上げた。

「一度見てきてはいかがですか。本当に娘さんが、悲しんでいないか」

宮田が胡乱げな目を俺に向ける。

「何でわざわざそんなことを」

「確かめなければ、分からないでしょう」

確認もしないで決めつけてしまっては、宮田も娘も浮かばれないだろう。

俺はこの世界で唯一の救いについて、宮田に説明を始めた。
155: ひととせ ◆EOQ3BRAmq.:2012/1/5(木) 22:26:27 ID:2ho66zkJlw
「帰ることができるんです、一度だけ。そこで確認すればいい、娘さんがどんな反応をしているか」

宮田が目を見開く。

自分も、人のことをどうこう言える立場ではないけれど。

俺は言い終えると宮田の反応を待った。

「……行ったところで、後悔するだけだ」

宮田が低く唸った。

それは違う、と俺は首を振る。

「行かない方が、ずっと後悔します。この先ずっと、死んでいる限り」

死ぬ、という言葉を使っても、もう宮田は怒らなかった。
156: ひととせ ◆EOQ3BRAmq.:2012/1/6(金) 14:43:58 ID:c.gYySYfy6
「……切符ならここにあるわ」

突然背後から掛けられた声に、俺達は振り向いた。

「結さん」

「先程は非礼な真似を失礼致しました」

待合スペースの後ろから登場した結さんが、丁重に頭を下げる。

宮田は毒気を抜かれたように呆然と、長椅子に座ったままお辞儀を返した。

「ここに来る直前、どこにいらっしゃいましたか」

「……、新宿駅」

訳が分からないままに、宮田が答える。

結さんは手元の書類に何かを書き込むと、切符を静かに差し出した。
157: ひととせ ◆EOQ3BRAmq.:2012/1/6(金) 14:44:36 ID:c.gYySYfy6
「7番線です、必ず二週間の内に帰ってきてください」

戻れなくなりますので、と結さんは切符を見せたまま言う。

なかなか手に取ろうとしない宮田に焦れることもなく、辛抱強く待つ。

やがて宮田は諦めたようにその切符を受け取った。

「……これで、家族に会いに行けるのか?」

宮田が尋ねる。

結さんは柔らかい物腰で、はい、と微笑んだ。

「行ってらっしゃい、良い旅を」

宮田は一瞬だけ顔を歪めて、そして長椅子から腰を上げると、きまりが悪そうに行ってくるよ、と言った。
158: ひととせ ◆EOQ3BRAmq.:2012/1/6(金) 14:45:16 ID:c.gYySYfy6
「……厄介でしたね、あんな年なのに認めたがらないなんて」

宮田が行ってしまってから俺は、結さんと長椅子に並んで座りながら苦笑した。

結さんもまあね、と苦笑しながら、それでも宮田を庇う。

「いくつになっても辛いものよ。俄には受け入れがたい」

そうでしょう、と聞かれて俺は自分のことを思い返す。

真夜中、トラックの光に照らされて、暗い夜から真っ白の駅構内に来たときは、確かに何が起こったか分からなかった。
159: ひととせ ◆EOQ3BRAmq.:2012/1/6(金) 14:45:55 ID:c.gYySYfy6
「怖いですね、違う場所に来てしまうことは」

「本当にそうね」

しみじみと呟くと、結さんが同意する。

そして悪戯っぽく笑うと、結さんは人差し指を立てた。

「だからね、憩」

「はい?」

「ターミナルには、神様がいるのよ」

そう説き始める結さんは、おとぎ話でもするように楽しそうに見えた。
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