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ターミナルの神様
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1:🎏 1:2011/12/11(日) 16:14:42 ID:YW2VpLC90c
「出来、たー……!」

オフィス用の椅子を限界まで倒してのけ反ると、背骨と腰の辺りからばきぼきと嫌な音が鳴った。

うん。リアルだ。

ひとりで納得しながら腕を伸ばしていると、窓口に立っていた結さんが振り返る。

「お疲れ様、今日のノルマは終わりよ」

「死んでるのにドライアイになりそうですよ」

「私だって死んでから書類仕事する羽目になるとは思わなかったわよ」

お腹は空かない、でも眠れる。

肉体はないはずなのに、仕事をすれば疲れるし、物に触れることもできる。

死後の世界というものは、全くおかしな場所だった。


253:🎏 ひととせ ◆EOQ3BRAmq.:2012/1/20(金) 15:33:37 ID:c.gYySYfy6
俺が目を見開くと、結さんがやっぱりとほくそ笑む。

そうして得意気にこんこんと頭を叩いてみせた。

「言ったでしょう、全部覚えてるって」

絶句する俺の前を、結さんが横切る。

「憩、二年前の書類ってもう破棄しちゃった?」

「いや、これからです」

「どこ?」

「いちばん奥の棚の脇、縛って置いてあります」

結さんがつかつかと事務所に入る。

部屋の隅に積み上げられて、ビニール紐でくくられた書類は、最後に見たままの形で鎮座していた。
254:🎏 ひととせ ◆EOQ3BRAmq.:2012/1/20(金) 15:34:25 ID:c.gYySYfy6
「早口で話す、さばさばしたお爺ちゃん」

そうでしょう、と結さんが書類を掻き分けながら問いかける。

俺も床に座り込んで、一緒に二年前の書類を探した。

「話したこと、あるんですか」

「当然よ、窓口だもの。お喋り好きで、あまりに立ち話が長引くものだから応接室に呼んじゃったわ」

結さんに絡む正造さんが目に浮かぶ。

あの頃に、加奈が隠れてずたずたに傷ついていた頃に、正造さんはここに居たんだ。

「お孫さんのことを、酷く心配してたわ」

探る腕は休めずに、結さんが呟く。
255:🎏 ひととせ ◆EOQ3BRAmq.:2012/1/20(金) 15:34:58 ID:c.gYySYfy6
「あの子は一度落ちるととことん悲観的になるから、思い詰めて馬鹿なことを考えないかって。最近はよく笑うようになったけれど、彼氏と会うまでは悲惨だったって」

俺と会うまでは。

それは、俺が加奈を変えたと、そう考えても良いのだろうか。

何からひとつでも、俺は加奈のためになれていたのだろうか。

「……ほら」

結さんの手がふいに止まり、ひとつの書類束を拾い上げる。

まるで宝物みたいに捧げ持ったそれを、結さんは俺に手渡した。

内村正造、七十二歳。死亡地区、八王子市。

結さんの備考欄に、俺はそっと目を落とした。
256:🎏 ひととせ ◆EOQ3BRAmq.:2012/1/21(土) 20:16:21 ID:YMPC7wApis
備考欄:

お喋り好きのお爺ちゃん。お孫さんに関しては話題が尽きない。

家庭の事情で心を閉ざしていたお孫さんは、彼氏ができて明るくなったらしい。

あいつになら孫をやっていいなんて、父親みたいなことを言う。

お孫さんを可愛がっていたのがよく分かって微笑ましい。

悩み事は、お孫さんの痴話喧嘩に巻き込まれること。

嘘つき、どうなっても知らない等の愚痴を延々と聞かされるという。

確かに辛そうだ。
257:🎏 ひととせ ◆EOQ3BRAmq.:2012/1/21(土) 20:18:12 ID:YMPC7wApis
一度、なら別れろと叱りつけたことがあるらしい。

「でも絶対嫌いになれないんだ」とのろけを聞かされたと、嫌そうに話していた。

でも、お孫さんがそれだけ幸せそうだったからこそ、正造さんもこちらで明るく振る舞えたんだと思う。

心残りは、お孫さんが自分の死にショックを受けないかということ。

彼氏が傍にいるとはいえ、やはり心配な様子。

これから現世に戻るつもりだと言うから、それで不安が解消されたら良い。

願わくは、正造さんが安らかに旅立ち、残されたお孫さん達が幸せであるように。

8月2日
258:🎏 ひととせ ◆EOQ3BRAmq.:2012/1/21(土) 20:20:55 ID:2ho66zkJlw
――絶対、嫌いになれないんだあ。

加奈の声が、甘く耳の奥に響く。

例え嘘つきでも、どうなってもいいなんて言っても。

俺は書類を床に置く。

床に座った結さんは、俺と同じ高さで、その紙束を見ていた。

「加奈ちゃんは、君を恨んでいないわ」

あの日の慟哭は本物だった。

あれほど傷つけて裏切って、それでも嫌いになれないと、加奈は果たして言うのだろうか。

傷ついて裏切られて、それでもそう言ってくれると、信じていいのだろうか。
259:🎏 ひととせ ◆EOQ3BRAmq.:2012/1/21(土) 20:23:16 ID:wKwNii9EEI
「……君はもう、自由だわ」

約束に縛られる必要はない、と結さんは言った。

それはつまり、次に進めという暗黙の命令である。

「約束を、破れと?」

端的に問いかけると、結さんがゆるゆると首を振る。

「そういう意味じゃない。進むべき場所に進むのが、最善の選択なのよ」

そのくらい分かっている。

それでも愚図る俺の髪を、結さんは、小さい子供に言い聞かせるようにそっと撫でた。

「憩、よく聞いて」
260:🎏 ひととせ ◆EOQ3BRAmq.:2012/1/21(土) 20:26:17 ID:o7726pFAMk
「確かに、そっくりそのまま生まれ変わるなんて無理よ。記憶も容姿も、魂でさえ」

結さんの指がさらさらと髪を通る。

結さんとふたりして書類だらけの床の上に座ったまま、俺はじっと耳を傾けていた。

「でもね、君の魂は、たくさんの人の中に溶け込んで、たゆたって、広がって、そこから掬い上げられたひとしずくの命の中に、確かに紛れ込むの」

結さんの手つきは優しい。

幼い頃に親にされたものと、同じ手つきをしていると思った。

「もし加奈ちゃんが、いつか違う人と結婚して、子どもを産んだら。その子どもの中にはね、確かに君がいるの」

君の魂は、彼女のところに還るの。
261:🎏 ひととせ ◆EOQ3BRAmq.:2012/1/21(土) 20:29:34 ID:99nh8st8DU
でも、と俺は抗議しようとして、出来なかった。

酷く子供染みた我が儘を、言ってしまいそうだった。

「……でも、」

口にできない思いは、宙を彷徨って落ちる。

加奈のことは関係なく、次の場所から逃げる訳でもなく、それでもなお、ここに留まりたいなんて。

「君は行かなきゃならないわ」

俺の気持ちを見透かしたように、結さんが宣告する。

言えるはずが、なかった。
262:🎏 ひととせ ◆EOQ3BRAmq.:2012/1/21(土) 20:33:16 ID:99nh8st8DU
俺は立ち上がる。

書類まみれの床に座ったままの結さんが、俺を見上げた。

「結さんは、行かないんですか」

「ええ」

結さんは微笑んだ。

「私はずっとここにいる。ここは終着点、境界、そしてはじまりの場所。ここを守ることが、私の存在理由なの」

今はね、と結さんが小さく付け加える。

「この場所は終わらないわ」
263:🎏 ひととせ ◆EOQ3BRAmq.:2012/1/21(土) 20:36:03 ID:c.gYySYfy6
色んな人を、見送って。

今度は俺が行く番だった。

俺は静かに結さんへ頭を下げる。

結さんは息をひそめるようにして囁いた。

「最後に聞かせて。幸せな人生だった?」

結さんの声が、初めて揺らぐ。

期待と不安が入り混ざった、頼りなさげな声だった。

俺は目元を和ませる。

「ええ、とても」

そんなこと、決まっているじゃないか。

「生まれてきて、本当によかった」
264:🎏 ひととせ ◆EOQ3BRAmq.:2012/1/21(土) 20:39:25 ID:YMPC7wApis
生きてきたこと、生きて、大切な人達に出会えたこと。

後悔なんてひとつもないと、言い切ることはできなくても。

結さんは泣き顔のように笑うと、すっと出口を指差した。

「君の切符は机の上に置いてある。……行きなさい、まっすぐに」

外の雑踏が、いつになく恐ろしいものに感じられる。

それでも、猶予期間は終わった。

進むべきときが来たのだ。

「ターミナルの神様が、君にはついているわ」
265:🎏 ひととせ ◆EOQ3BRAmq.:2012/1/21(土) 20:42:27 ID:V5t1TG2Qic
俺は力強く頷いた。

結さんに背を向けて、切符を手に取る。

小さな紙切れをお守りのように握りしめると、心が落ち着くような気がした。

俺はもう振り向かなかった。

雑多な事務所を、結さんと過ごした愛おしい空間を、俺は出て行く。

だから俺は、結さんが最後に呟いた言葉なんて、知る由もなかった。
266:🎏 ひととせ ◆EOQ3BRAmq.:2012/1/21(土) 20:44:16 ID:V5t1TG2Qic






「ばいばい、憩」



「本当はお母さん、君には長生きしてほしかったな」









ターミナルの神様 おわり。
267:🎏 名無しさん@読者の声:2012/1/21(土) 20:48:19 ID:.cEX9H328w
う、うわああぁあぁ!!!
素晴らしい物語を本当にありがとう!
ここ最近の楽しみがなくなってすごく辛い…

乙!盛大に乙!!
次回作も楽しみにしてる!
268:🎏 名無しさん@読者の声:2012/1/21(土) 20:52:17 ID:1uPHLrvNvI
最後の一言に涙が溢れた
こんな素晴らしい作品をありがとう。出会えた私は幸せ者だ

今までさげで支援してきたけど最後だ、あげる!
ひととせさんお疲れ様でした!
269:🎏 ひととせ ◆EOQ3BRAmq.:2012/1/21(土) 22:10:15 ID:SclZQjm4pU
>>267
こちらこそ読んでくださってありがとうございます!
楽しみになれてたならすごく嬉しい。書いた甲斐があるというものですw
また何か書くときには、よろしくお願いしますね(´∀`*)

>>268
私の方こそ素敵な読者さんに恵まれて幸せだ(*´ω`*)
最後の台詞は最初から決めていたもので、ちょくちょく匂わせていたので、指摘されやしないか冷や汗ものでしたw
sage更新に付き合ってくださってありがとうございます。私も最後くらいageてみましょうか(*゚ω゚)

少し語りたくなったので、これから後書き的なものを置かせてください。
やや長くなりますが。
270:🎏 ひととせ ◆EOQ3BRAmq.:2012/1/21(土) 22:15:08 ID:ogjb0kC5Sw
志望校の過去問を解いていたら、現代文にすごく素敵な文章を見つけたんです。
異文化との境界が最近変わってるよ、というような評論だったのですが、そのテーマや例えが好みすぎて、テンションがガッ↑となって書き殴ったものがこれ。

最近は小説文体のものを書けていなかったんですが、びっくりするほど筆が進んで、あっという間に書けてしまった気がします。
本当にきちんと書けているのか、果たして人に受け入れて貰えるものなのか不安で、最初はひっそりとスレを立てました。
それが、思っていた以上に好意的な反応を頂けて、好いてくださる方もいて、こんなに幸せなことはありません。

読み返すとあまりの拙さに後悔したり恥ずかしくなりますが、わたしにとっては大切なお話です。
本当に、読んでくださってありがとうございました。
271:🎏 名無しさん@読者の声:2012/1/21(土) 22:27:41 ID:X67jMh/RMg
完結おめでとうございます、そしてお疲れ様ですっ。
大好きなのが終わってしまうと思うと、泣きそうですが……。
次回作を楽しみに待っていますっ。
本当にお疲れさまでしたっ(`;ω;´)
272:🎏 名無しさん@読者の声:2012/1/22(日) 01:32:54 ID:5uuTIH4l1g
ランキング3位入賞おめでとうございます!
そして完結もおめでとうございますwww
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