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ターミナルの神様
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1: 1:2011/12/11(日) 16:14:42 ID:YW2VpLC90c
「出来、たー……!」

オフィス用の椅子を限界まで倒してのけ反ると、背骨と腰の辺りからばきぼきと嫌な音が鳴った。

うん。リアルだ。

ひとりで納得しながら腕を伸ばしていると、窓口に立っていた結さんが振り返る。

「お疲れ様、今日のノルマは終わりよ」

「死んでるのにドライアイになりそうですよ」

「私だって死んでから書類仕事する羽目になるとは思わなかったわよ」

お腹は空かない、でも眠れる。

肉体はないはずなのに、仕事をすれば疲れるし、物に触れることもできる。

死後の世界というものは、全くおかしな場所だった。


167: ひととせ ◆EOQ3BRAmq.:2012/1/8(日) 18:21:39 ID:ogjb0kC5Sw
「そういえば結さん」

と、パソコンから目を離さずに俺。

「なあに」

と、クッションを放り投げながら結さん。

「宮田さんのとき、いつからいたんですか」

「最初から」

盛大に指が滑った。

「え、あ、はあ!?」

ふじこ状態の画面もそのままに振り向くと、クッションを抱き締めたにやにや顔の結さんと目が合った。

雑多な事務所の中で、俺は精一杯椅子ごと後ずさる。
168: ひととせ ◆EOQ3BRAmq.:2012/1/8(日) 18:22:31 ID:tbpDYj2bNQ
「なっさけない顔でびくびくしちゃってさあ」

「やっぱり見られてたっ!?」

うーわ、と俺は顔を覆う。

格好のネタにという予想は、生憎と的中してしまった。

「まあまあ落ち込むな、宮田さん怖かったし」

はっはっは、と結さんが豪快に笑う。

そんなこと露ほども思っていないくせに、と陰湿に呟くと、結さんはそんなことないないと二回否定した。

「うん、まあ途中ひやひやしたけど最後の方はしっかりしてたし、及第点はあげるわ」
169: ひととせ ◆EOQ3BRAmq.:2012/1/8(日) 18:23:06 ID:o7726pFAMk
よくできました、と結さんがまたクッションを投げる。

宙に放ったクッションは、綺麗な線を描いて結さんの腕の中におさまった。

「嬉しくないです」

俺はわざと機嫌を損ねてみせた。

そうしたところで結さんには、何の効き目もないのだが。

「ああほら、お客さんよ。憩が行ってみなさい」

結さんの声に窓口を見てみると、小柄なお婆さんがひとり、静かに待っていた。
170: ひととせ ◆EOQ3BRAmq.:2012/1/8(日) 18:23:48 ID:o7726pFAMk
俺はお婆さんに聞こえないように、小声で結さんに抗議する。

「結さん俺、教わってないですよ」

「分かるでしょ、見てれば」

分かるけど。

そんなぶっつけ本番で、と文句を言う俺をクッションでぐいぐい押しながら、結さんが囁く。

「ほら行っといで、困ったら助けてあげるから」

「絶対ですよ!」

ひそひそと念押しをして俺は窓口に急ぐ。

品の良さそうなお婆さんは、応対が遅れたことに怒りもせずに柔和な笑みを浮かべた。
171: ひととせ ◆EOQ3BRAmq.:2012/1/9(月) 11:46:59 ID:c.gYySYfy6
「すみませんねえ、ここでお願いしたら、孫の顔を見に行けると聞いたものだから」

「現世に行かれる方ですか?」

「ええ、お願いしますね」

記入用紙を取り出しながら、柔らかな物腰にほっと安心する。

この調子なら何か失礼があったとしても、気にしないで貰えそうだ。

俺は少し肩の力を抜いて、ペンと用紙を差し出した。

「では、太枠の中に必要事項を記入してください」

お婆さんが書類に書き込みを始める。

俺はそこでこっそりと一息吐いた。
172: ひととせ ◆EOQ3BRAmq.:2012/1/9(月) 11:47:49 ID:c.gYySYfy6
「ええと、発行は二週間でよろしいですね。亡くなったのが……?」

俺は書類に目を凝らす。

達筆すぎて字が読めなかった。

お婆さんは俺の様子に気付くと、合点がいったという風にああ、と声を上げた。

「そうね、若い人には読みにくいですものね。自宅ですよ、国分寺の」

「すみません、ありがとうございます」

恐縮で肩身が狭い。

俺はぺこぺこと頭を下げながら切符を手渡す。

お婆さんの萎びた手が、それを大切そうに包み込んだ。
173: ひととせ ◆EOQ3BRAmq.:2012/1/9(月) 11:48:26 ID:c.gYySYfy6
「国分寺市は、あー……15番線です。必ず期限内にこちらへ戻ってください」

机に敷いてあったホーム番号の一覧が役に立った。

結さんはいつも淀みなく答えているが、やはり暗記しているのだろうか。

ありがとうねえ、とお婆さんがお辞儀をして窓口を離れようとする。

その手には杖をついて、足を引き摺っているようだった。

「あの!」

俺は思わず声を上げた。

お婆さんがゆっくりと振り返る。

俺は汗ばんだ手を机の下で開閉させながら、もし良ければ、と申し出た。
174: ひととせ ◆EOQ3BRAmq.:2012/1/9(月) 11:48:56 ID:c.gYySYfy6
「ホームの方までご案内しましょうか。階段が、ありますから」

過剰に気を遣われるのを、嫌がるお年寄りもいると聞くけれど。

幸いこの人はそうではなかったらしく、穏やかに笑うと静かに首を振った。

「いいえ、ご親切にありがとう。大丈夫よ、手すりで十分上れますから」

そうですか、と俺はつい尻すぼみになりながら引き下がる。

なんだか妙に気恥ずかしい。

相変わらずにこにこと人の好さそうな笑顔をちらりと目にして、俺はもう一度口を開いた。
175: ひととせ ◆EOQ3BRAmq.:2012/1/9(月) 11:52:56 ID:aLkl3hdfUg
すみません順番間違えました。
>>171>>172の間にこれが入ります。
順番的には>>171>>175>>172-174です。



年配の人と話すのは、基本的には好きだ。

自分より遥かに年上だという安心感だろうか、同年代や年下よりも自然に言葉が出て、気持ちも落ち着く。

向こうにいた頃は、彼女のお祖父さんともよく話した。

もっとも、お祖父さんは出会って間もないうちに亡くなってしまったけれど。

「はい、これでよろしいかしら」

お婆さんがペンを置く。

俺は慌てて意識を戻すと、礼を言ってその書類に目を通した。

項目に不備はなかった。

ただ、ひとつ問題が。
176: ひととせ ◆EOQ3BRAmq.:2012/1/9(月) 11:54:39 ID:o7726pFAMk
>>174続き



「どうか、お心残りのないように」

お節介が過ぎるかとも、思ったけれども。

緊張しながら窺うと、お婆さんは同じ笑顔で笑ってくれた。

「ええ、分かっていますとも」

俺は苦しいような気持ちで、お婆さんが遠ざかっていくのを見ていた。

「……まだまだね」

いつの間にか来ていた結さんが、やれやれと肩をすくめる。

俺はその評価にふいと顔を背けた。

「分かってますよ」

「わー可愛くない」
177: ひととせ ◆EOQ3BRAmq.:2012/1/9(月) 12:01:20 ID:YMPC7wApis
結さんがけたけたと笑いながら俺に駄目出しをする。

「それにしても書類の文字が読めないとか、割と失礼よ」

「はい……」

「あと、そんな簡単に受付離れちゃ駄目でしょう、そういうときは部下に行かせるのよ」

「要するに俺じゃないですか!」

注意をうんうんと噛み締めながら、しっかりと突っ込みを入れる。

結さんとの会話にも随分と慣れたものだと思う。

窓口の仕事も、やっていればそのうち慣れてくるのだろうか。
178: ひととせ ◆EOQ3BRAmq.:2012/1/9(月) 12:02:07 ID:YMPC7wApis
俺の指導に熱のこもっていた結さんが、ふいに力を抜く。

「まあ、元々君の仕事は記録の整理だけの予定だったし……そんなに修業する必要もないか」

そうだった。

俺はちくりと何かが刺さるように感じた。

俺がこの場所にいられるのは一時の話で、全て記録の打ち込みが終わったら、離れなくてはいけなかった。

「君にはパソコン仕事だけ頼むことにするわ」

結さんが可笑しそうに笑う。

俺は仕方ないという風に溜め息をついてみせた。

「是非ともそうして頂きたいです」
179: ひととせ ◆EOQ3BRAmq.:2012/1/9(月) 12:03:00 ID:wKwNii9EEI
結さんは了解、と言って敬礼のポーズをとった。

俺はなんだか耐えられなくなって、書類の続きを手に取る。

「ああでも、最後。良いこと言ったじゃない」

「あれは……」

俺は言葉につまった。

本当に、俺が前に失敗したことを、勝手に思って言ってみただけのものだから。

「なんとなくです」

ふうん、と結さんがそっぽを向く。

俺は隠れて胸を撫で下ろすと、その失敗の、そもそもの始まりのことを回想した。
180: ひととせ ◆EOQ3BRAmq.:2012/1/10(火) 15:09:54 ID:aLkl3hdfUg
sage進行なのは、スレ立て当初にageでやっていく自信がなかったからです。
小説のスランプが終わりかけた頃に、リハビリ兼腕試しで始めたものなので。
と急にsage進行の理由を説明してみる。

某スレで話題に出して頂けて嬉しかったです(´ω`*)ありがとうございます。
自分はsageてますが、特に強いこだわりもありませんから皆さんはご自由にどうぞ。
181: ひととせ ◆EOQ3BRAmq.:2012/1/10(火) 15:14:34 ID:99nh8st8DU
加奈と付き合い始めたのは、まだ高校生の頃だった。

ある日突然名字が変わった彼女に興味を持ったのは俺の方で、話しているうちになんとなく仲良くなり、気付けば当然のように恋仲になっていた。

親近感、だったのかもしれない。

俺も片親だったから、家庭に事情のありそうな加奈には、仲間意識のようなものも感じていた。

「ねえ憩、貸してくれるって言ってた本は?」

そろそろ学ランだと少し暑いような季節、ふたり並んで帰り道を歩く。

俺は自転車を押しながら、あー、と言葉を濁した。
182: ひととせ ◆EOQ3BRAmq.:2012/1/10(火) 15:15:46 ID:99nh8st8DU
「ごめん、忘れた」

「またあ?」

加奈が不服そうに大声を上げる。

確かに忘れるのは二回目だ。

「憩の嘘つき。片岡弘樹の新刊、楽しみにしてたのに」

「だから悪かったって」

いじける方向に入った加奈に、ごめんごめんと気のない謝罪をする。

加奈はますます拗ねて、大股で俺の先を歩いていってしまった。
183: ひととせ ◆EOQ3BRAmq.:2012/1/10(火) 15:16:43 ID:V5t1TG2Qic
「嘘つき、もう知らない、嫌いになっちゃうんだから」

「それはまた随分と簡単に」

「追い付かないでよ!」

からからと車輪の音をさせながら隣に行くと、加奈はぷりぷりと怒って引き離そうとする。

そもそもの歩幅が違うというのに無駄な攻防戦を繰り広げながら、俺達はいつの間にか加奈の家に着いていた。

「上がってく?」

と、加奈が鍵を開けながら聞く。

「うん」

先程のじゃれ合いも忘れて上げる気満々の加奈に、俺は口を緩めた。
184: ひととせ ◆EOQ3BRAmq.:2012/1/10(火) 15:17:51 ID:V5t1TG2Qic
平屋建てのこの木造住宅に、彼女は祖父とふたりきりで住んでいる。

玄関で早々にローファーを脱ぎ捨てる加奈に続いて、俺はお邪魔しますと言って扉をくぐった。

「おう、憩じゃねえか。また来たか」

「正造さん。こんにちは」

物音を聞きつけてか、家の奥から出てきた加奈の祖父に俺は頭を下げた。

「また居間か?麦茶くらいなら出してやるよ」

「じいちゃん、あの羊羮は?」

「ありゃ俺んだ、煎餅でも食っとけ」

「けち」
185: ひととせ ◆EOQ3BRAmq.:2012/1/10(火) 15:18:44 ID:V5t1TG2Qic
正造さんははっきりとした人だった。

ちゃきちゃきと早口で喋り、孫娘にも容赦がない。

一見近寄りがたい気もするが、はっきりとした物言いが俺は好きだった。

「丁度良いや、囲碁でも相手してくれ。加奈じゃ相手にならん」

「何それ私が弱いって言うの?」

「弱いだろーが。一度でも俺に勝ったことがあっか」

反論できずにぐっと黙り込む加奈に噴き出すと足を蹴られた。

なかなかバイオレンスな彼女である。
186: ひととせ ◆EOQ3BRAmq.:2012/1/10(火) 15:20:23 ID:VMnJaffQ7E
いつものように加奈を送り、家に遊びに行って、正造さんと三人で喋ってから、暗くならないうちに帰る。

今時の高校生とは思えないくらいに、清いお付き合いだった。

少し足を伸ばせば映画館も、繁華街やゲームセンターもあったのに、数回行っただけでやめてしまった。

でもそれを物足りないとか、満たされない風に思ったことはなくて。

時折思い出したように恋人らしいことをしてみることはあれど、どちらかと言えば家族のような存在だったと思う。

幸せだった。

それは多分加奈も、きっと正造さんも。

その幸せが崩れ落ちたのは、高校三年生の夏のことだった。
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