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猫又「聡依殿っ」
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1: :2011/12/22(木) 21:41:43 ID:wu5lOnqMeM

初めてSSを書かせてもらいます。
一応江戸時代が舞台ですが、勉強不足なもので変なとこもあるかも。
そういうところは、SSだから!と広い心でスルーしてください。
幼稚な文で申し訳ないですが、そこもSSだから!とスルーしてください。
以上のことが大丈夫なイケメンであれば、最後までお付き合いください。

読みづらかったらごめんねっ!


679: :2012/3/19(月) 00:37:59 ID:m8aDDB7I/U
今日もとんとんと投下していきますねー(´ω`)
680: :2012/3/19(月) 00:39:28 ID:m8aDDB7I/U


聡依たちの前に立った暁は、まず、息を整えようと深呼吸した。それからまた、大きく息を吸い、

「あっ、ネコ、あのさ」

「こんな時間まで、一体っ、どこでっ、何をっ、してたんですかぁぁああっ!」

言い訳をしようてする聡依を無視し、ひとまず怒鳴り付けた。うんざりとした顔の聡依に、平然としている清次。

「ほら、やっぱり怒ってる」

「それ、さっきも聞いたって」

二人をぎろりと睨み付け、暁はまず、清次に詰め寄った。

あれ? という顔で、清次は暁を見下ろす。そんな彼の足に、暁は容赦なく鋭い爪を立てた。

「いっ……!」

声にならない悲鳴が上がる。聡依は気の遠くなるような思いでそれを眺め、遠くの山の方へ、視線を逃がした。見ているだけで痛いようだ。

681: :2012/3/19(月) 00:40:26 ID:uKAdSKfV2o

「聡依殿を連れて、あんまりふらふらしないでください、ねっ!」

「いっ、いや、俺は……」

「言い訳は無用っ!」

「えっ、あっうわっあっ!」

無慈悲、だな。聡依は暁に聞こえないようにそうっと呟き、軽いため息を吐いた。苦痛の声を上げる清次に同情し、一歩、彼らから遠ざかる。清次を助けようという思いにならないのが、実に彼らしいところだ。

もちろん、暁もそんなことなど承知の上である。

「聡依殿?」

いつになく低い声でそう呼び掛けると、うん? と、いつもの返事が。それに思わず毒気が抜ける。

怒鳴る気も怒りも失せ、暁は腕を下ろした。俯き加減で、聡依の元に向かう。

「本当に心配したんですよ。何かあったんじゃないかって。胃の腑が縮み上がりましたよ、もうっ」

「よかったじゃないか。食費が浮く」

何処までもいつも通りな聡依に、暁は軽くため息を吐いた。爪を出す気にもなれず、ただ弱い猫パンチをその足に当てる。


682: :2012/3/19(月) 00:41:18 ID:uKAdSKfV2o

「本当に心配したんですから。いなくなったらどうしようって。見つからなかったら、どうしようって……」

知らないうちに涙がこぼれていた。怒りで隠れていたらしい、不安が溢れてきたかのように。そのままギュッと聡依の足に抱きつき、存分にその裾を濡らす。

「なんなんだ、この差は」

足を押さえたままの清次が、愕然と呟いた。聡依はちょっと困った顔で首をかしげ、

「ご飯あげているか、あげていないかの差」

と、茶化す。清次は眉を寄せ、俺もあげたぞ、と不満そうに呟いた。それを笑いながら、冗談だってと聡依は答える。

「全く、散々だな。今日はお前んとこで、一升は米を食ってやる」

ぶつぶつと文句を言いながら、清次が歩き出した。聡依は無理だということを知っているからなのか、楽しそうに笑って眺めている。

「あ、そうだ。清次さん、歩くの面倒だから、また背負ってよ」

「ふざけんなっ! お前んとこの猫の所為で、こっちは足が痛いんだよっ!」

すぐさま不機嫌な声が飛んできた。聡依は声を殺して笑い、自分の屋敷の方に歩いていく背中を見送った。
683: :2012/3/19(月) 00:42:59 ID:uKAdSKfV2o

「さてそろそろ……。帰ろうよ、暁」

暁は片手で涙を拭い、小さく頷いた。暁は聡依の足から離れ、一度だけ、腹立たしげに猫パンチを食らわせる。もちろん、爪の引っ込み、丸まったその手が、聡依を傷つけることはなかった。


聡依は小さく笑ってから、ゆっくりと歩き出す。先ほどのような苦い感情はなかった。

もちろん、山の主である彼女のことを忘れたわけではない。しかし、それを考えてグズグズ後悔をし続ける気は、もう無かった。そんなことをするくらいなら、明日からそこら中の山を歩き回り、彼女を探しだすほうがいい。

いつの間にか、そんなことを考えられるようになっていた。


少し遠くなった背中を見て、暁は駆け寄ろうと足を動かし、もう一度立ち止まる。ゆっくりと歩いていくその動きは、どこか痛いのだろうか。少し、ぎこちない。

聞いてみようか、そう考えてすぐにやめた。少しだけ、自信が足りなかった。

684: :2012/3/19(月) 00:45:11 ID:uKAdSKfV2o


「聡依殿っ」

背中に向かって声をかければ、聡依がこちらを向く。
うん? と、抜けた声でいつもの返事が戻ってくる。暁は少しだけ迷い、それから言葉を紡いだ。

「あっしは、嫌がられたってやめませんからねっ! ずっていますからっ?絶対にいなくなったりしませんからねっ!」

どこかで聞き覚えのある言葉に、暁は首をかしげる。いつか、どこかで言ったような気がした。

聡依にも覚えがあったのだろうか。少し離れた先で、なぜか腹を抱えて笑っている。

それにムッとしつつも、敢えて黙っていた。怒るのはいつでも出来る。暁はそれより、返事が聞きたかった。


685: :2012/3/19(月) 00:45:40 ID:m8aDDB7I/U


ひとしきり笑ったあと、ようやく満足したらしい。聡依はふっと息を吐いて、肩の力を抜いた。暁はただ、彼の言葉を待つ。

「言われなくても」

笑った名残のある優しい口調で、そんな答えが返ってきた。にやりと添えられた意地悪な笑みに、暁は腹が立つよりも笑ってしまう。

おいで、と差し出された腕に、暁は駆け出した。今度は微塵も迷うことなどなく。



「さっき、何で笑ったんですかぁあああっ!」

「え? いやだって、えっ? あっ、ちょっまっ」

今度は容赦なく、爪を立てた手を土産に。

686: :2012/3/19(月) 00:50:36 ID:m8aDDB7I/U


広く栄える城下町のすぐ近くに、とんと平凡な町がある。

小さなその町は、地図に載っていたとしても、すぐに忘れられてしまうような、ありふれた所だった。特に名産もない。


長閑さだけが取り柄のその町はずれに、時に置いてかれてしまったかのような、古びた屋敷が一つ。

ただ広いだけのそこでは、他人とは少しばかり違う日常が繰り広げられていた。


それはその他のものと違わず、いつかきっと終わってしまうであろう日常。


しかし、当人たちにとっては確かにある、そして他のありふれたそれと何一つ違わぬ、楽しいものであった。

おわり
687: :2012/3/19(月) 00:57:41 ID:uKAdSKfV2o
改めまして、こんばんは。

ようやく、完結しました。なんだか、ちょっと信じがたい。

色々思うことも有りますが、言うことは1つだけです。ここまで読んでくださった方、本当にありがとうございました。もう本当に感謝以外の言葉が見つかりません。

長々と何か言うのは苦手なので、この辺で黙りますが、今までありがとうございました!

ではでは、またいつか。
ノシノシ
688: 名無しさん@読者の声:2012/3/19(月) 10:23:26 ID:cjmz5touQo
譲さん乙!
689: 名無しさん@読者の声:2012/3/19(月) 16:58:25 ID:67CEghovMM
毎日楽しみに読ませてもらってました!
お疲れさまでした(´ω`*)
690: 名無しさん@読者の声:2012/3/19(月) 17:19:40 ID:i7etF7UDUg
乙です!
もう終わっちゃったのかと思うと
なんか寂しいです(・ω・`)
691: 名無しさん@読者の声:2012/3/19(月) 19:45:53 ID:I0w3NG1wEs
譲さん本当に乙でした!!

終わっちゃったのかぁ…
なんか寂しくなります

またいつか譲さんの作品が読めることを祈ってます!!
692: :2012/3/20(火) 01:05:56 ID:CcOIKZTUWA


このSSを支えてくださった、すべての読者の皆様へ。
693: :2012/3/20(火) 01:06:50 ID:CcOIKZTUWA

 春になると、必ず思い出す光景がある。

「聡依殿?」

 不思議そうな声が聞こえ、初めて自分がぼうっとしていたことに気が付いた。慌てて取り繕うような笑みを浮かべ、そちらに顔を向ければ、きょとんと暁が見上げている。何でもない、と下手くそな言葉を呟き、それからまた、そこに目をやった。

 そこには、少し古い切り株があった。薄く雪の積もったそれには、聡依にしかわからない暖かさがある。

 目を細め、じっと切り株を見つめた。まだいる? 問いかければ、答えが返ってくるかのように、静かに心の中で呟く。

 それは忘れるには少し新しすぎるもので、思い出すには少し守りすぎている記憶だった。


 それは今と同じくらいの時期の事だった。

 ふわりと北風が東風に姿を変え、優しくもくすぐったい春の香りを運び始める。最近暖かくなったなぁ、などと呑気なことを言っているうちに、地面の雪が消え、その代りに土が顔を出し始めた。

 そんな季節の変わり目のある日。いつものように清次の貸本屋にと足を向け、その帰り道のことだった。

 ふと、見つけた知らない道に引かれ、そちらの方にと歩みを進めていく。人通りが少ないのだろう。ほとんど片されていない道には、雪がまだ残っていた。

「失敗だったかなぁ」

 すっかり草履を濡らし、うんざり顔で呟く。どうやらこの道は日の辺りも良くないらしく、雪がほとんど解けていない。少し解けているところも、夜の寒さに凍っており、呑気な顔で歩く道とは少し違うようだった。

「ここだけまだ冬みたいだ」

 隣の山を見上げたり、古い家々の屋根に積もる雪を眺めたりしていると、なんだか寒々としてきた。夕方になり、単に気温が下がっているだけなのかもしれないが、聡依にはこの周りの景色の所為にも思える。いつもの着流しに綿入れ半纏という軽装だったため、彼にはこの寒さが答えるらしい。両手を擦りながら、寒さに身を屈めるようにして歩いていた。

 そんなとき、ふと目に留まったのは淡い萌黄色だった。

「あれ?」

 痛いほどに白い雪に埋もれるように、それは小さな芽を出していた。目を凝らし、すれを確認すると、少しだけ近づく。山肌からやや倒れるようにして生えているその木の枝につく、ほんの淡い緑。

「あぁ、春なんだなぁ」

思わず頬を緩ませながら呟き、聡依は枝にと手を伸ばした。その冷たい雪を少しでも払ってやろうと思ったのだ。素手で触れる雪は凛と冷たく、それにまだまだ冬を感じる。雪を綺麗に地面に落とし、聡依は満足げに頷いた。

「これでよろしい」

694: :2012/3/20(火) 01:08:01 ID:CcOIKZTUWA

早く春になれよ、などと無茶なことを付けたし、彼はまた家の方にと体の向きを変えた。赤くなってしまった手を擦り、息を吹きかける。指が取れそうだ、と冗談めかして笑う。

「お兄さん」

 消えそうな声が聞こえた気がした。

 一瞬、足を止め、振り返る。そこには何もいなく、気のせいかと苦く笑ったりもした。再び聡依が歩き出そうと踵を返すと、

「お兄さん。こちらですよ」

また、声が聡依を呼ぶ。

 やや腹を立てつつ、声の方を向くと、先ほどの枝が目に入った。お前が呼んだ? まさかね、と笑うと、隣に淡い人影を見つける。揺れるその体をたどり、顔を上げれば、にっこりとこちらを見つめて微笑む、美しい女の姿があった。

「あれ?」

絶対に先ほどまではいなかった姿だ。しかも、彼女は今にも消えてしまいそうなほど、朧げな輪郭をしていた。

「驚かせてしまいましたか?」

悪戯っ子のような笑みを浮かべるその人に、聡依は首をひねる。全くいつ現れたのかが分からない。まさか、本当にこの木じゃないよな、と一人で笑っていると、彼女はその手を隣の枝にと伸ばした。

「雪を、払ってくださって」

「え?」

「ありがとうございます。お蔭でもう冷たい思いはしなくて済みます」

「はっ、はぁ……」

枝から聡依にと目を移し、彼女は再び柔らかい笑みを浮かべた。その彼女の持つ美しさや柔らかさ、そして儚さにどこか覚えを感じる。知り合いだったろうか、と首を捻っていると、彼女は聡依の手に手を重ねた。

「でも、お兄さんの手が冷たくなってしまいましたね」

柔らかな表情で、少しだけ物憂げに彼女は聡依の手を撫でる。触れた先から、絹に包まれたかのようにふんわりと温まる自分の手に、聡依は驚くばかりだった。

「私はいいのです。お兄さん、随分と薄着なようだから、お体には気を付けて」

優しさをたっぷりと含んだその言葉と笑みに、見知った色が重なった。それを見ると同時に、思わず声が漏れる。


695: :2012/3/20(火) 01:09:14 ID:CcOIKZTUWA
「もしかして、あなたは」

彼女は微笑むだけで答えない。

「桜、の木?」

彼女は楽しそうに瞳を輝かせ、そしてその綺麗な唇を動かし、聡依に囁きかける。

「えぇ、正しくは桜の花、ですが」

彼女が動くたびに感じるその淡さを含んだ甘い香りに、花というのはぴったりだった。なるほどなぁ、と感心するように呟いた聡依を笑い、それから優しげな表情を浮かべる。

「さて、お兄さん。もうじき日が暮れますし、これからどんどん寒くなります。明日はまた暖かいかもしれませんが、夜はまだまだ寒いです。なるべく早く、おうちに帰ってください。そんな薄着で外を出歩くもんじゃありませんよ」

暖かさと同時に何とも言えないむず痒さを感じ、聡依は誤魔化す様に頬を掻いた。少し桜から離れ、両手を気取って広げ、おどけて見せる。

「でも、この格子柄、いいでしょう?」

桜はくすっと声を漏らして笑い、小さく何度か頷く。ハッと目を奪われるような、上品な仕草だった。

「えぇ、その臙脂色がとてもよくお似合いで」

「それは喜んでいいこと?」

首を傾げた聡依を、桜はますます可笑しそうに笑う。袂で口元を隠し、目元を丸めて笑うその姿は、聡依が今まで見てきた中で一番美しい姿だった。


 それから何度か、聡依は暇ができるたびにその桜の木の元に通った。もちろん、毎日が休日のような男である。ほぼ毎日、飽きることなく彼女に会いに行っていたことになる。

「桜、なんだか最近、姿がはっきりしてきていない?」

 豆大福を食べながら、ある日聡依はそんなことを尋ねた。ほとんど無くなった雪を集め、雪うさぎなどを作って遊んでいた桜は、きょとんと彼を見つめる。

「そうですか?」

「うん、なんかこう、前は幽霊みたいだった」

今も大差ないけど、と言うと、桜は怒るでもなく可笑しそうに笑った。彼女は本当に笑い上戸な人であった。


696: :2012/3/20(火) 01:10:19 ID:CcOIKZTUWA
「えぇ、そう言えばいつだか私たちの姿は桜の花に関係していると聞いたことがあります」

「花に?」

彼女は雪うさぎの目にする小石を選びながら、軽く頷く。ふうん、と声を漏らした聡依に、楽しそうに寄り添う桜。彼女は歌うように囁いた。

「だから、花が満開に近づけば近づくほど、私たちの姿はより鮮明になるそうです。逆に、花が散ってしまえば、この姿消えてしまう」

「消える?」

眉を上げ、彼女を見つめる。桜は聡依の頬につく白い大福の粉を指で拭い、笑って見せた。

「えぇ。消えてしまいます。そのはずです。毎年同じことを繰り返しているはずなのに、自分の姿というのは分かりませんね」

楽しそうに笑う彼女の手が離れていく。聡依はその腕をつかみ、にこりともせずに桜に問うた。

「消えるって、いなくなっちゃうってこと?」

桜は笑みを浮かべたまま、やんわりと彼の手を外した。そしてその手を握りなおし、丁寧に指の腹で手の甲を撫でる。

「姿が見えなくなるだけです。また、少しずつ見え辛くなって、そして姿が見えなくなるだけ。ここにこの木がある限り、私はここにいますよ」

「ここにこの木がある限り?」

桜は小さく頷き、聡依の手に頬を寄せた。まだ硬い表情をしたままの聡依が、ぼんやりとした顔でそれを眺めている。彼女は小さな声で、何度か同じ言葉を繰り返す。

「たとえ見えなくとも、私はここにいるのです」

それは、他人より少しものが多く見える聡依にとっては、理解しがたい言葉だった。


 また別の日の事。すっかり春が芽吹き、桜の木もその花を少しずつ咲かせていたころだ。聡依はこれまたうぐいす餅などを食べながら、その日も桜の隣に座っていた。

「そろそろお花見の季節ですね」

 
697: :2012/3/20(火) 01:10:49 ID:CcOIKZTUWA
そんなことを切り出したのは彼女の方だった。すっかり雪も消え、どこを歩いていても桜の花が目に入る。そんな時期になったのだから、彼女の言葉は正しいものだった。しかし、この道ではそれは開かれないものかも知れない。

「桜は花見が好きなの?」

 普段そう言う催しごとには参加しない聡依が彼女に尋ねる。この道には桜は彼女の木、一本でしかしない。ここで行われる花見などそうそうないのだろうが……、花見など遠巻きにしか見たことのない聡依にはわからなかったらしい。しかしその不躾な問いにも、彼女はさらりと笑みを浮かべる。

「えぇ。好きですよ。昔はここにもたくさん桜の木があったのです。その時、近所の人がお花見をしてくださいました。みなさん、とても楽しそうでした」

「でも、みんな桜なんか見てないよ。よくわかんないけど、ご飯とかお酒飲んで騒いでるだけに見える」

拗ねるようなその口調に、桜はまた優しげな笑みを浮かべる。彼女は懐かしそうに古い家々の屋根を眺めながら、ぽつりと言葉を漏らした。

「それでも、楽しいのです。私は人が好きですから。だから、人が楽しそうにご飯を食べたりお酒を飲んだりしているのを見るだけで、とても楽しいのです。とても幸せなのです」

「人が好き?」

言葉を繰り返した聡依に、彼女はしっかりと頷いた。そして何度か、自分で噛みしめるように頷く。

「えぇ、とても。とても好きです。何よりも好きです」

聡依は何となく言葉を見つけることが出来ず、ただ、うん、と子供の様に素直な返事を返した。桜もただ、いつものように儚げな笑みを返すだけだった。

698: :2012/3/20(火) 01:11:32 ID:CcOIKZTUWA

 桜の花は満開を終え、春風に揺らされ、少しずつその身を散らし始めた。久しぶりに桜の元を訪れた聡依は、彼女のまた淡くなった姿を見て目を細める。

「あら、お兄さん」

 彼女はいつもと変わらぬ笑みを浮かべるだけだった。聡依も特にそのことに触れることはなく、彼女の隣に腰を下ろす。そして、懐から菓子を取り出した。

「今日はよもぎ餅ですか」

春ですね、と笑みを載せた声に、春だねぇと勤めて呑気な声を返す。遠慮もすることなくそれに齧り付き、やや黙ってその味に惚れ惚れとしていた。

「随分久しぶりですね」

それに応えず、ちらりと目をやれば、桜はただ笑って彼を見つめ返すだけ。聡依は掴めない彼女の感情から目を逸らし、再びよもぎ餅を口に運ぶ。桜はそんな彼に構うことなく、言葉を紡ぎ続けた。

「この前、どこかのお兄さんたちがここでお花見をしてくださいました。とても楽しそうで、見ていてとても楽しかったです」

声の出せない彼は、よかったね、と心の中で答える。口の中に一杯に広がる春の味を租借しながら、聡依は桜の柔らかな声に耳を傾けた。

「ですが、待っていた人は来ませんでした。風邪でも引いたのではないかと、心配していたのですが」

もう一度そちらに目をやれば、今度はやや怒った顔が聡依を見つめていた。誤魔化す様に笑みを浮かべ、口に残ったよもぎ餅を嚥下する。

「お花見、楽しかった?」

「えぇ、とても。お兄さんはされなかったんですか?」

意地悪な質問に、少しだけ視線をうろつかせ、黙って頷く。苦手なんだ、と言葉を付け加え、また口に餅を詰めようと手を動かした。


699: :2012/3/20(火) 01:12:37 ID:CcOIKZTUWA

「お兄さん」

細い手が聡依の手首をしっかりと掴み、その目が彼の動きを縫い止めた。驚いたまま、何度か目を瞬き、桜を見つめ返す。

ふと、怒っていた顔が柔らかに緩み、彼女のもう片方の手が動いた。

「小豆が」

「え?」

「小豆が付いていますよ」

「あっ、あぁ」

聡依が自分の口元を拭う前に、彼女の指がその小豆を攫う。その動きを目で追っていた聡依は、小さな声で呟いた。

「お花見、行かなくてごめん」

えぇ、と桜は頷く。それはとても小さな声で。

「風邪、引いてたわけじゃないよ」

「それはよかった」

ねぇ、と小さな声が風に紛れ、桜に届く。いつの間にか俯いてしまった聡依の頭を、彼女はできる限り優しく、そっと撫でた。

「もうすぐ、いなくなっちゃう?」

小さな小さなその掠れた声に、桜は首を振った。いなくならないよ、と。彼女は何度でも繰り返す。

「いなくなるんじゃありません。見えなくなるだけです」

掴んだ手首を離し、その手を掴む。小刻みに震える手は、驚くほどに冷たいものだった。桜は、その緊張を何とか解そうと、もう一つの手で彼の手を包むように握りしめた。

「見えなくたって、私はいますよ。ずっとずっと、ここにいますから」

小さく頷いた彼の顔は見えない。それでも桜には、聡依がどんな顔をしているのかが見えるようだった。だから、余計悲しさが積もる。言っていることは分からないかもしれない。それでも、何度も彼女は繰り返した。

700: :2012/3/20(火) 01:13:12 ID:CcOIKZTUWA

「大丈夫、大丈夫。何年経っても、私はここにいますよ。夏が来て、秋が来て、冬が来て。そしてまた春が来たら、その時に会いましょう?」

聡依の頭が頷くように揺れた。その体を抱きしめてしまいたい衝動に駆られるが、そうすればまた彼にも自分にも、寂しさを載せてしまうことになる。だから、その手に黙って頬を寄せた。

「お兄さん、ありがとう。あなたが私を見つけてくれたおかげで、私は今までで一番楽しい春を過ごせました」

聡依は何度か、深く頭を振った。それから、たっぷりと時間をかけて顔を上げ、桜を見つめ、笑って見せた。

「綺麗な桜をありがとう」

そんな言葉に、桜は顔を綻ばせた。そして一度だけ、その気持ちを飲み込むかのように、深く息を吸う。
彼女は歯を見せて笑うと、優しい言葉を彼に返した。

「それは、何よりです」

701: :2012/3/20(火) 01:13:55 ID:CcOIKZTUWA


「聡依殿?」

 不思議そうな声に引かれ、再びこの春にと意識を戻す。もう一度暁を見つめれば、きょとんとした顔は置いてかれたという不服が見える拗ねたものにと、すっかりと姿を変えていた。それを、わざと笑う。

「ぼーっとしてっ。もうっ、なんですか?」

「いや、なんでもないよ」

 何でもなくない、と頬を膨らませる暁に構わず、聡依は黙ってその切り株を指差した。暁は一瞬、動きに釣られるように切り株を見つめたが、すぐに訝しげな顔を聡依の方に戻す。

「なんですか?」

「綺麗な桜だなと思って」

「え? 桜?」

 切り株に近づき、花を寄せて見れば微かに春の香りがするような気がした。桜の木、と言われても納得できるような気もするが、その姿を想像することはできない。

「これ、桜の木なんですか?」

振り返って問うてみたが、答えはなかった。聡依は呑気に、大きく伸びなどをし、軽くあくびを漏らす。

「暁」

「はい?」

名を呼ばれ、何度か目を瞬いた。そんな彼の間抜け顔を、聡依はまたも笑う。

「だから、なんで笑うんですかって、もうっ」

怒る暁など気にも留めず、聡依はまた切り株を見つめて柔らかに笑みを浮かべた。そして、呟く。

「春だねぇ」

意味が全く分からなかった。不服なまま、言葉の意図を見つけようと頭を働かせる暁の鼻先を、柔らかな東風が通り抜ける。その時拾った甘さを含んだ香りと優しさに、暁もまた頬を緩めた。

「本当、春ですねぇ」

余計なことなどその場に放り捨て、顔を上げて空を眺めてみる。
薄く白んだ青空はまだ少しだけ、冬のそれだったが、微かに春の面影を抱いていた。

702: :2012/3/20(火) 01:20:11 ID:CcOIKZTUWA
>>688
乙ありがとうございます!

>>689
楽しみだなんて、うれしいです。乙、ありがとうございます!

>>690
乙ありがとうございます!
そう言ってくださると、本当にうれしいです。

>>691
乙ありがとうございます!
寂しいとは、うれしい限りです。
また見かけたときは、読んでやってください。


調子に乗ってラスト、番外編投下してみました。
保管庫依頼しようと思ったら、パソコンさんが空気を読んでネットをつなげてくれたのでw
かなり無理やり詰めてしまったので、かなり読みづらいと思います。最後の最後まで、申し訳ないです。
ここまで読んでくださった方、本当にありがとうございましたっ!

皆様に素敵な春が、訪れますことを祈って。

ではでは(*・ω・)ノシノシ


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