初めてSSを書かせてもらいます。
一応江戸時代が舞台ですが、勉強不足なもので変なとこもあるかも。
そういうところは、SSだから!と広い心でスルーしてください。
幼稚な文で申し訳ないですが、そこもSSだから!とスルーしてください。
以上のことが大丈夫なイケメンであれば、最後までお付き合いください。
読みづらかったらごめんねっ!
2: 名無しさん@読者の声:2011/12/22(木) 21:43:25 ID:zTNCLrUT72
2ゲトズサー
っC
3: 名無しさん@読者の声:2011/12/22(木) 21:43:27 ID:Ztizk4nQHk
猫又とはww
なんと言う俺得ww
楽しみだww
つC
4: 名無しさん@読者の声:2011/12/22(木) 21:44:56 ID:7cMpp1kMaE
何故イケメンに限定したし
とりま支援
5: 1:2011/12/22(木) 21:45:46 ID:wu5lOnqMeM
結び主は人より妖に近い、と言う伝承は古くから伝わっている。
妖の姿を見ることはもちろん、触れること、話すこと、そして傷つけることができる。
彼らがただの霊力のあるものとは違うのは、この物の怪に触れ、傷つけることができることである。
その力を活かして彼らは物の怪と人の仲介役となり、時に話し合いで時には力づくで、人と物の怪の利害の一致をさせてきた。
そんな彼らは古代から「結び主」と呼ばれている。
草木も眠る丑三つ時。多くの店が立ち並ぶその中に、おおむら屋という小料理屋がある。
そこの一人娘であるお春は、布団の中で一人、恐怖と戦っていた。
彼女の目に映るのは、布団の上から自分に覆いかぶさり、今にも取殺さんとする髪をふり乱した女の姿――妖である。
お春は隣で眠る母を起こそうと、必死で手を伸ばそうとするが、妖の重さの所為か、はたまた恐怖の所為か、体は一向に動かない。
助けを呼ぼうとするも、喉に張り付いているのかのように、かすれた声しか出なかった。
6: 名無しさん@読者の声:2011/12/22(木) 21:47:42 ID:s9b2qli3Ck
私怨
7: 1:2011/12/22(木) 21:49:19 ID:wu5lOnqMeM
>>2、>>3
支援さんくす!
>>4
なぜってそりゃ、イケメンだからさ
ビビッて手が動かないんだぜ……、ゆっくりやっていくわ。
そんなお春に、妖は艶やかな笑みを浮かべながら囁く。
「あんた、あの男が憎いだろう?」
あの男、と言われ、お春の脳裏に昼間のことが思い浮かんだ。
恐怖に支配されていたはずの心が、違うことで痛みを訴え始める。そんなお春の顔を、妖は満足そうに見ていた。
「大丈夫だよ、あたしはあんたに悪さはしない。ただね、あんたがあんまりにも不憫だから、あの男に仕返しをしてやろうと思ったのさ」
何がおかしいのか、妖は袂で口を隠し、喉を鳴らして笑った。
お春の心から、恐怖が薄れていく。ただ、男が憎い、その思いがいっぱいに広がった。
「あんたは何にもしなくていい。あたしがあんたの代わりに、あの男を痛めつけてやるから」
こくっと、お春の喉が鳴った。
「それは……本当?」
先ほどどれだけ振り絞っても出なかった声が、拍子抜けするほど容易く出る。
お春はそれに驚くこともなく、真剣に女を見つめていた。
「あぁ、本当だよ。約束するよ」
妖は柔らかな笑みを浮かべる。お春は自分でも知らぬ間に頬を緩めていた。
「そんなら、お願い――」
にたり、と妖が笑う。それに答えるようにお春も笑った。
妖はお春に覆いかぶさり、その小さな桜色の唇を自分のそれで覆う。
ハッと驚き、目を見開いたお春は、そのまま眠るように目を閉じた。
8: 1:2011/12/22(木) 21:52:31 ID:wu5lOnqMeM
>>6 支援サンクス(・ω・)!
「聡依殿っ! 起きてくださいにゃっ」
町外れの古ぼけた屋敷に、そんな声が響き渡った。
この屋敷はいったいいつからあるのか、町の誰に尋ねても首を傾げるという古いものである。
更に裏は鬱蒼とした山が広がっているのもあって、近所でも有名な妖屋敷として有名であった。
そしてその理由は、もう一つある。
「いい加減にしてくださいにゃああっ! 今日は、聡依殿が朝餉の当番でしょうっ」
布団を被り、まったく起き上る気配を見せない男を必死で揺り起こすのは猫。
茶色とこげ茶のトラ猫で、しっぽが2つに分かれている。世に言う、猫又である。
「うるさいなぁ……」
布団の中でしゃがれた声が猫又に返事をした。これは主を起こす機会だと猫又は、後ろでわちゃわちゃ遊んでいる家鳴りたちに加勢するように示す。
楽しいことが好きな彼らは、その後怒られるであろうことなど気にもせず、無邪気に布団に向かって突撃していった。
「あーっもうっ! うるさいっ! そろいもそろってっ!」
あっという間に家鳴りに埋まった男は、布団ごと家鳴りを引きはがしながらそう叫んだ。
むっくりと起き上り、猫又を睨みつける。
「やっと起きてくれましたねっ、聡依殿っ!」
猫又は目を輝かせ、嬉しそうに手を叩いた。
9: 1:2011/12/22(木) 21:54:18 ID:wu5lOnqMeM
不機嫌な男はそれをも睨みつけ、一言吐き捨てる。
「おはよう」
「おはようございますにゃっ」
皮肉めいた男の声音に全く気が付かず、猫又は陽気に挨拶を返した。
「大体ね、お前がいなかったら、私は朝も昼も夜も飯なんていらないんだよ、ネコ」
「だからそんなに痩せているんですよ。もっと体に気を配らないとにゃ」
「うるさいな。好きな菓子を好きなときに食い、好きなだけ寝られたら私はいつ死んだって困んないんだから」
朝餉の準備をしながらぼやく男こと、聡依。それを手伝いながら、お小言を漏らす猫又は暁、という名前である。
「それに、お前がもっと使えたらなぁ。いっそ、女の妖でも嫁にもらおうか」
「にゃっにゃっ! 何を言うんですか、聡依殿おおっ」
「冗談だよ。ほら、これ運んで」
しっしっと、冷たくあしらう聡依に、猫又はむすっとした顔で言われた通りにお膳を運んで行った。
10: 1:2011/12/22(木) 21:56:22 ID:wu5lOnqMeM
この屋敷が妖屋敷と呼ばれるもう一つの理由、それはこの屋敷の主人自身にあったのだ。
まだ幼さを残す彼は、未だ18歳。
聊か、一人だけで広い屋敷に住むには若すぎるのだが、その理由も彼自身にある。
彼はここらでは有名な、緑青の「結び人」なのである。
そんな結び人の聡依だが、普段は特に何もしない。
先ほど自身で言っていたように、好きなときに大好物の菓子を食べ、好きなだけ眠り、たまに将棋や剣術を嗜んでいる。
まるで隠居した老人のような生活を送っているのだ。
聡依がそんな生活が送れるのも、彼が結び人であるということから来ている。
彼に来る結び人としての依頼に対する謝礼は、驚くほどのものであった。
と、あまり楽しい話でもないので聡依の話はこの辺で終わりにし、彼らの日常に再び目を向けることにしよう。
「そうそう聡依殿。今日みたいなことは、もう無いようにしてくださいね」
あまり食べる気がないのか、漬物やらを家鳴りにふるまっている聡依に、眉を顰めた暁はそう小言を漏らす。
彼の持つ茶碗にはもちろん鰹節がたっぷりとかかった白米が盛られていた。
「はいはい、わかりましたよ」
「朝餉を食いっぱぐれるようなことはごめんですからね」
「それにしても、ネコ。お前は特に働きもしない割に、随分と態度が大きいね」
もっともっと、とせがむ家鳴りを手で払いながら、ちらりと聡依が暁に目を向ける。
暁はさっと目をそらし、茶碗の飯をかっ込む。別にいいんだけどね、と聡依は苦笑を漏らし、お茶に口を付けた。
「洗い物は頼むよ、ネコ」
「わかりましたにゃ……」
茶碗から顔をあげた暁は、深いため息を吐いた。
そんな、いつもの朝のことだった。
11: 1:2011/12/22(木) 21:59:48 ID:wu5lOnqMeM
「緑青さまっ!!」
表を激しく叩く音とともに、聡依を呼ぶ声が屋敷に響く。
何事? と暁と聡依は顔を見合わせ、首を傾げた。
家鳴りたちはその騒ぎに驚いたのか、蜘蛛の子を散らすようにいなくなってしまった。
「なんだろうねぇ、朝から」
「でなくていいんですか?」
「寝てることにしてしまおう。面倒だ」
ふわりとあくびをし、全く立ち上がる気のない聡依に、暁は眉を顰める。
聡依殿、と注意をしようと暁が口を開いたとき、
「緑青さまっ! お願いしますっ! 緑青さまっ、妹を助けてくださいっ」
聞える声が悲鳴にも似たものに変わり、流石に聡依も放っておけなくなったらしい。
うんざりとした顔で、面倒くさそうに立ち上がった。
「なんだい朝から……」
ぶつぶつと文句を言いながら、表に向かって歩いていく。暁はその背を追った。
聡依は土間で草履を履くと、引き戸を開け、そしてその先のまっすぐ門に向かっていく。
ドンドン、と激しく門をたたく音はやまない。
うるさいなぁ、と眉をしかめる聡依の顔を伺い、暁は片手で彼の足を慰めるように叩いた。
「どちらさま?」
門を開ける前に聡依が尋ねる。
これで気の狂ったお武家さまか何かだったら、死ぬかもしれないな、と丸腰の自分を見て聡依は笑った。
「おおむら屋の松之助と申します。お助けくださいっ」
おおむら屋には聡依も聞き覚えがあった。なかなか評判の良い小料理屋ということもあって、何度か足を運んだこともある。
ふむ、と顎に手を当て、聡依が思案していると、暁が勝手に門の閂を開けていた。
「おいおい、ネコ……」
呆れる聡依を他所に、暁は門を押す。門が開いていくにつれ、その声の主の姿が明らかになっていった。
「それで、私は何をすればいいですか?」
勝手に門が開いたと呆けている男に、聡依は呆れ顔で尋ねた。
12: 1:2011/12/22(木) 22:06:40 ID:wu5lOnqMeM
おおむら屋の裏手口から中に通された聡依は、松之助の話を整理していた。
おおむら屋には子が二人いる。
跡取りとなる松之介と、近所でも美人と評判の妹のお春。流石の聡依もその名くらいは訊いたことがあった。
そのお春の様子が数日前からおかしいという。
様子が変わる前の日、随分落ち込んで帰ってきたと思ったら、そのまま寝入ってしまったそうだ。
その夜はうなされていたと隣で寝ていた女将が言っていたが、次の朝、特に変わった様子がなかったのであまり気に留めなかったらしい。
その夜から、お春は妙なことをするようになる。
「最初はただぼんやりしているだけだと思っていたんです。だけど、次第に何もないところに話しかけたり、うつろな目をするようになって。それに、急に化粧が濃くなったんです。今まではほとんどしない子だったのに」
両親はそういう歳ごろだと松之助の言うことに取り合ってはくれなかった。
しかし、お春の異変はそれで留まらなかった。次第に食欲がなくなり、床に臥せがちになってしまったのだ。
「そして最近じゃ、ほとんど部屋から出てこなくて……、あんなに活発だったのに」
そう言いながら松之助はふすまを開けた。暗い部屋の中には布団が引いてあった。
そしてこちらに背を向ける格好で横になる女が。
「お春、調子はどうだい?」
松之助が声をかけるも、返事はなかった。噂では仲のいい兄妹だと聞いていたのに、と聡依と暁は顔を見合わせ、首を傾げる。
「緑青さまを連れて来たよ。お前の体も良くなるからね」
めげずに声をかける松之助を他所に、聡依はあるものをじっと見ていた。それはお春の枕元に転がる、櫛。
13: 1:2011/12/22(木) 22:09:25 ID:wu5lOnqMeM
「ネコ、あれには妙なのが付いているね。随分色っぽいよ」
「聡依殿っ! ふざけないでくださいにゃあっ」
小声で話す二人。松之助は不意に聡依と暁を振り返り、じっとその姿を見つめた。
「なにか、わかったでしょうか」
これだけで何を、と聡依は鼻で笑いたくもなったが、そのようなことをすると隣の妖がうるさいのでぐっとこらえる。
その代りに気になる櫛のことについて尋ねた。
「この櫛はお春さんが前から持っていたものですか?」
「はい、それは私がお春にあげたものでして……。まぁ、新しいものではないんですか」
「と、いうと」
「実は骨董市でたまたま見つけ、お春に良く似合うだろうと。それが、なにか?」
「いや、特に」
前から持っていたものなら、妖憑きでも問題はないだろう。まさか急に娘に憑きたくなった、というわけでもあるまい。
ならば、この櫛は関係ないか、と聡依は櫛から目をそらし、お春の方に目をやった。
「聡依殿、聡依殿。あの娘、人ならぬ物が入ってますよ」
「へえ、なんだろうねぇ」
興奮する暁を適当に相槌を打って流し、聡依はお春をじっと見つめた。
なるほど、暁の言うとおり、彼女の体には彼女自身以外にも誰かがいるようだ。
「緑青さま、妹は……?」
「まぁ、落ち着いてください。恐らくお春さんには何かが憑いているんでしょうねぇ」
「そっ、そんな呑気に!」
憑いている、という言葉に動揺した松之助は、しれっとしていう聡依に掴みかかった。
聡依はそれを邪険に払い、まぁまぁ、松之助を宥める。
14: 1:2011/12/22(木) 22:14:49 ID:wu5lOnqMeM
「聡依殿っ、聡依殿っ」
「なに、うるさいな」
おおむら屋を出た二人は、屋敷に戻ろうと通りを歩いていた。
髷を結わない短髪の男に、その後ろをちょろちょろと歩くトラ猫。
その姿は人々の目を引いているのだが、二人はそんなことなど一向に気にならないらしい。
「珍しくやる気じゃないですかーっ。でも、本当に大丈夫なんですか?」
あんなにやつれてましたけど、と覗いていた頬がこけていた思い出し、暁は心配そうに眉を顰めた。
それとは逆に、いたって淡白な聡依はあくびをしながらつまらなさそうに答える。
「さぁ、知らない。今のとこは大丈夫なんじゃない」
「しっ、知らないって! 聡依殿っ! 無責任ですにゃっ」
騒ぐ暁など素知らぬ顔で、聡依は通りの饅頭屋などをちらちら覗いている。それを後ろからふくれっ面で睨む暁。
「聡依殿っ!」
「わーかったから。大丈夫だよ、あの様子じゃまだ死にやしないさ。大体あの妖の悪意は娘に向けられていたわけじゃないっていうのはお前にもわかっただろう? まだ大丈夫だよ」
「じゃあ時間をかけて調べ物でもするんですかにゃ?」
「まさか。帰って寝るよ」
饅頭屋から呑気に大福などを買っている聡依を、呆れた顔で暁は眺めていた。
これはだめだと、つい猫の姿なのも忘れて片手で自分の額を押さえる。
「ほら、帰るよ」
大福を受け取った聡依が暁に呼びかける。暁は聡依に駆け寄ると、その腕に飛び込んだ。
「自分で歩きなよ」
「疲れたんですっ」
「お前は私によく怠惰だとかいうけれど、自分こそそうなんじゃないか、まったく」
文句を言う聡依を他所に、暁は懐に入った大福のにおいを嬉しそうに鼻を動かし、味わっていた。
15: 1:2011/12/22(木) 22:19:57 ID:wu5lOnqMeM
宣言通り家につくなり寝ようとした聡依の邪魔をしたのは暁ではなく、彼の友人の清次であった。
清次はさも当たり前のように家に上がり、一人、縁側で将棋を指していた。
「いやいや、いつもあんたの遠慮のなさには驚くよ」
「おう! 珍しいな、出てるなんて」
呆れ顔で清次を見下ろす聡依の懐から、暁が大福の入った袋を咥え、飛び降りる。
それを見た聡依は、仕方ないかと清次の隣に腰を下ろした。
「今日店はどうしたの?」
「今日はな、爺さまの調子が悪くて休みだよ」
「爺さまの調子が悪いのに、孫は人の家で呑気に将棋ねぇ……」
眠たくて仕方がない聡依は、一言嫌味を言わなければ気が済まないらしい。
清次はそんな彼を笑い、呑気に茶をすすった。
清次は町はずれで祖父と貸本屋を営んでいる聡依の唯一の友人である。
年は聡依と同じなのだが、彼の成長がよかったのか、聡依があまり成長していないのか、清次の方が必ずと言っていいほど2つは年上にみられる。
だが、その性格は聡依以上に奔放なものだった。
「どうだ? 将棋でも」
「寝るからいい」
「つれないなぁ。折角遊びに来てやったというのに」
「どうせ暇つぶしだろう。あんたくらいだ、この家に遊びに来る物好きは」
妖屋敷と呼ばれるこの家も、清次にかかれは普通の家と何も変わらないらしい。
彼曰く、自分に見えないのだから何も関係ない、のだそうだ。
16: 1:2011/12/22(木) 22:26:54 ID:wu5lOnqMeM
「そうだ、せっかく来たのだし、面白い話でも聞かせてやろう」
「いいよ、いいよ。別に聞きたくない」
聡依がそう返した時、奥の方から暁が戻ってきた。
ちらっと台所の方を見ては聡依を見る。茶を用意したから、持って行けと。
その意図を読み取った聡依は、うんざりとした顔で立ち上がった。
ふすまの向こうにはきちんと盆にお茶と先ほど買った大福がお茶請けとしておいてあった。
後でのんびり食べようと思ったのに、と聡依はふすま越しに暁を睨みつける。
「おっ、悪いなぁ」
「うちじゃ主の意向に関係なくお茶が出てくるようになっているんだよね」
「便利だなぁ。この主じゃ誰が来てもお茶なんか出さねぁだろうしな」
清次の言葉に、もう帰れよと心の中で毒づいた聡依は、しぶしぶお茶を彼の隣に置いた。
大福に釣られたのか、わらわらと家鳴りたちがやってくる。
これじゃのんびり食べるなんて無理だな、と聡依はため息をつき、自分の大福をあきらめた。
17: 1:2011/12/22(木) 22:31:56 ID:wu5lOnqMeM
「で? 面白い話って何」
大福をちぎり、家鳴りたちにあげながら、聡依はそう尋ねた。
家鳴りに睨まれながらも呑気に大福にかぶりつく清次は、やっと聞く気になったかっと嬉しそうに目を輝かせた。
「お前、紅売りの吉兵衛って知ってるか?」
「知らない」
そっけない聡依の返事に、暁がにゃんと抗議するように鳴いた。
それを見て、清次は面白い猫だなぁと愉快げに笑う。
「そいつが急にいなくなっちゃったんだよ。まぁ、あんまりいい話の聞かないやつだったから、大方女にでも恨まれて逃げたんだろうって噂だったんだがな」
「ふうん。それがどうしたのさ」
「それがな昨日の晩に、吉兵衛が戻ってきたんだよ。それも骸骨見たくげっそりと痩せてな」
「修行でもしてたんじゃないの?」
呑気にそう返した聡依に、清次は眉をしかめる。なかなか乗ってこない相手に、話し手は少しつまらない様だ。
「バカ、そんなわけないだろ。それでな、みんながなんで急にいなくなったのかを訊くんだが、わけのわからないことを言うわけだよ」
「ふうん。大変だねぇ」
「つまんないなぁ、お前。もっとなんかないのか? それは何とかの物の怪が憑いているとか」
「見てもいないのにわかるわけないだろ。だけど、まぁ、その人が何かに憑かれているのは確かだけどねぇ」
最近はやけに憑かれる奴が多いな、と聡依は首を傾げた。
暁も何か思うことがあるのか、眉を顰めて考え込んでいる。
「じゃあじゃあ、憑かれたらどうなるんだ? あいつ、まるで死にそうなくらいやせ細っててさ、生気がまるでないんだ」
「あぁ、死ぬでしょ、それ。いなくなってから10日で、昨日帰ってきたんでしょう? もう手遅れだよ、たぶん」
「そうかぁ……」
妙にしょぼくれる清次に目を向け、聡依はまたも首を傾げた。
よほどの知り合いだったのだろうか、と思案を巡らせる。
そんな彼の太ももを、暁がポンポンと叩いた。なに? と片眉をあげると、暁がちらりと台所の方へと目配せをする。
清次はそんなことなど気にする方ではないのだが、一応暁としては気になるらしい。
仕方なしに聡依は暁を抱き上げると、清次に声をかけた。
18: 1:2011/12/22(木) 22:41:54 ID:wu5lOnqMeM
反応がないと怖いんだが……、だれかいる??
「悪いけど、ちょっと猫が煮干しを食べたいってうるさいから。まぁ、将棋でもしながら待っててよ」
そう告げると、聡依はそのまま台所の方へと足を運んだ。
無駄に広い屋敷である。縁側から台所はさほど遠くはないのだが、それでも十分に話し声は聞えなくなる。
囲炉裏にまで来たところで、聡依は暁をおろし、自身もその場にしゃがんだ。
「で? なに」
「聡依殿っ! 猫が煮干しってなんですかにゃっ。まるであっしが食いしん坊みたいじゃないですかっ」
「うるさいなぁ。大事なのはそこじゃないでしょ。なに、わざわざ」
ぶつぶつ文句を言う暁を宥め、聡依は話を促す。
暁はまだ不満そうな顔をしていたが、文句を言っても仕方がないと思い立ったらしく、ため息を一つ吐き、口を開いた。
「あの吉兵衛という男の話、なんだかお春さんのと似ていませんか? 似てるというのはちょっと違うかもしれませんが……」
「まぁ、言いたいことはわかるよ。確かにお春も吉兵衛も大体同じくらいから様子がおかしくなっているね。そして二人とも何かに憑かれている。関係ないって言いきるのは少し乱暴かもね」
腕を組み、聡依は真剣な顔で頷く。それを見て珍しいな、と暁は聡依を見上げていた。
19: 1:2011/12/22(木) 22:51:39 ID:wu5lOnqMeM
「まぁ、逆に二人とも何かに憑かれているからって関係あるって言っちゃうのも乱暴だけれどね。まぁ、ゆっくり調べるさ。それが一番確実だろ?」
「でもっ、そんな時間あるんですかにゃ?」
「うーん、まっ、大丈夫だろ。なんとかなるさ」
気楽に笑う聡依とは対照的に、暁は不安そうに眉を顰めた。そんな暁の頭を、聡依は乱暴に撫でる。
「そんなに気になるなら一生懸命働いてよな、ネコ」
「はいですにゃ……」
なんだか腑に落ちない、と言う顔で暁は頷く。それを見て、聡依は楽しげに笑った。
その夜、聡依は屋敷の庭に顔見知りの妖たちを集めていた。
池には河童が顔を出し、ろくろ首や鵺、コボッチなど。大きいものではがしゃどくろまでいる。
どうやら久しぶりの招集に、彼らは興奮しているようだ。
「こんなにいたかね……」
困り顔の聡依の隣で、彼らを集めた暁はぐったりとしていた。
これだけの数の妖を集めるのは相当大変だったのだろう。
そんな彼らの隣では、いつものように家鳴りたちが楽しそうに声を上げている。
「聡の坊や! 今日は一体何の用で?」
妖たちを代表するようにひときわ元気な山童が聡依に尋ねた。
そろそろはじめないとね、と聡依は暁に向かって頷き、彼らをぐるりと見回した。
「今日は来てくれてありがとう。助かるよ」
聡依がそう声をかけると、妖たちは一気に湧きあがった。
皆が一斉に喋るので、全く何を言っているかがわからない。
またこれだよ、と聡依は軽くため息を吐く。見かねた暁が聡依の代わりに彼らに声をかけた。
「みんなで話しちゃ何を言ってるかわからないにゃっ! 発言はそうだにゃぁ……、じゃあ代表して太助さんに頼みます」
名指しされた太助は一瞬戸惑ったように暁を見返したが、わかったとすぐに頷いた。
太助は古くからこの屋敷に住みついている人の霊である。聡依によく三味線を教えているのはこの男だ。
「まぁ、いい人選なんじゃない」
この妖の中で一番落ち着いていると言っても良い太助を選んだのは賢明だろう。
褒められた暁は嬉しそうに聡依に向かってはにかんだ。
20: 1:2011/12/22(木) 22:54:31 ID:wu5lOnqMeM
「じゃあまず今回やってもらいたいことの説明をするから。黙って聞いて。まず東と西でやってもらうことを分ける。そう、ここから東と西にね。あぁ、獺は西でいいよ」
聡依は彼らの真ん中に立ち、腕で線引きをした。その腕の真向かいにいた獺が戸惑っているのを見て、微笑みかけた。
「東はおおむら屋のお春のことを調べてほしい。最近のことから少し前のことまで。生まれてから今まで云々まではいらないから、そうだな……今年に入ってからのことでいい」
東の連中は一斉に頷いた。それを確認し、聡依は西の方に向き直る。
「西は紅売りの吉兵衛について調べてほしい。これも今年に入ってからのことで十分だ。なるべく詳しくね。特に最近のことに関しては多い方がいいかな。私からはもうないけれど、何か質問は?」
聡依がそう尋ねると、皆は一斉に太助の方を見た。太助は少し顎に手を当て考え、それからすっと片手をあげる。
「聡、二つあるがいいか?」
「いいよ。わかる範囲で答える」
聡依の答えに太助は一つ頷き、細く長い指を一本、立てた。
「一つ、お前がそんなことを知りたい理由は?」
「そいつは簡単。おおむら屋の若旦那からの依頼だよ。報酬はそれなりに頂くつもり」
その答えを聞き、太助は妖たちを振り返った。お前ら何かあるか? と聞いたつもりらしい。妖たちはそろって首を振る。
「単純明快でありがたい。それじゃあもう一つ。いつまでに調べればいいんだ?」
「なるべく早く。私は別にいいんだけれども、期限があった方がいい?」
太助は一度肩をすくめ、もう一度妖たちを振り返った。彼らは互いに顔を見合わせ、何やら話あっている。
「無くてもいいな。一番早くいい話を持ってきたやつが一番いいご褒美ってことでいいだろ?」
太助の言葉に妖たちは一斉に湧き立ち、何度も首を縦に振った。どうやら彼らは競争が好きなようだ。
「俺はもうないけれど、お前らなんか言いたいことはないか?」
太助が尋ねると妖たちはそろって首を振った。それを見て、太助は聡依に頷きかける。聡依もそれに頷いた。
「じゃあよろしく頼むね」
またも妖たちがそろって頷いたのを見て、聡依はまた軽やかに笑った。
21: 1:2011/12/22(木) 22:57:59 ID:wu5lOnqMeM
「家鳴り」
あれだけいた妖たちが皆帰いなくなった後、庭に残った家鳴りに聡依は声をかけた。
庭の隅で太助と話をしている暁にちらりと目をやり、こっそりと家鳴りに手を招く。
「お前たちに調べてもらいたいことがあるんだけど、いいかい?」
仲間外れにされていたと少し拗ねていた家鳴りたちが、嬉しそうに頷く。
それを見て聡依は家鳴りの頭を軽くなでて微笑んだ。
「ありがとう。これはさ、お前たちと私だけの秘密だからね? 誰にも言っちゃだめだよ」
秘密と言うのが嬉しかったのか、うんうんと何度も家鳴りたちが頷いた。
「お前たちにはお春さんの櫛を調べてもらいたいんだ。あれには悪霊ってわけじゃないけれど何かが憑いていて、少し気になる。できるかい?」
家鳴りたちはそろって頷いた。それを見て聡依も満足そうに頷く。
「お礼は弾むからね、なるべく早く。頼むね」
よし、行っといで。聡依がそう声をかけると、家鳴りたちはそろって駆け出した。
それを眺めている聡依に、後ろから声がかかった。
22: 1:2011/12/22(木) 23:10:37 ID:wu5lOnqMeM
「聡依、何を企んでいるんだ」
振り向くと古びた着物を身に着けた武士が立っていた。もちろん、生き人ではない。聡依は彼を見て笑い、首を振る。
「何言ってるの、藤次郎。私は何も企んでなんかいないよ」
藤次郎という武士は聡依の剣術の師匠であった。そしてこの裏の山に古くからいる住人の一人でもある。
「ならば、なぜ猫又や太助のいないところで家鳴りと話をするのか」
その問いに聡依は黙って肩をすくめて笑う。藤次郎は眉を顰め、腕を組んだ。
彼は一度何かを言おうとしたのか、口を開いたが結局何も言わずに口を閉じる。
聡依は彼が何も言わないとわかると、そのまま無言で屋敷の中に入って行ってしまった。
「あいつはなんというかなぁ……」
渋い顔でその背中を眺めながら呟く藤次郎。はぁ、とため息を吐き、星が灯る夜空をぼんやりと見上げた。
いったんお風呂に行ってくるノシ
23: 名無しさん@読者の声:2011/12/22(木) 23:16:37 ID:vqYJIrG4CE
乙です!
ちゃんと読んでるから心配しないでね!!
支援!!
24: 1:2011/12/23(金) 00:02:46 ID:wu5lOnqMeM
ただいも!ノ
>>23
乙と支援ありがとう!!
次の日も聡依は暁を従えて、おおむら屋にと向かった。昨日と同じように奥の部屋に通され、お春の背中と向き合う。
「お春さんはいつごろから口を利かなくなったんです?」
健気に声をかける松之助を見て尋ねると、彼はしばらく考えた後、ふと何かを思い出したような顔をした。
「そういえば、最初の方は返事だけでもくれました。それがいつの間にか何も言わず……、いや、いつの間にかじゃない、なにかあったはず……」
ここ一週間のこともろくに覚えていないなんて、こんな跡取りでおおむら屋は大丈夫かね、と聡依は皮肉っぽくため息を吐いた。
考え込むと周りが見えなくなるのか、松之助は聡依のことなど気にもせず、上の空で首をひねっている。
仕方なく松之助をあきらめ、聡依はお春の方に向きなおった。
「あなたに個人的な恨みはないけれど、頼まれた以上はこのままにしておくわけにはいかないんだ。悪いね。でも私は別にあなたを強引に引きはがそうとは思ってないよ。そう思っているんなら最初からお札なりなんなりをあなたにつきつけるさ」
隣で暁がびくりと体を震わせた。お札によほど嫌な思い出があるらしい。
聡依はそれにちらりと目をやり、肩をすくめて、言葉をつづけた。
25: 1:2011/12/23(金) 00:08:30 ID:wu5lOnqMeM
「そのままだとあなたもお春さんも苦しい。あなたもそれはよくわかってるね? 私は何が一番いいかよく考えるから、あなたも良く考えてみてほしい。いつとは言わないけれど、次に会いに来る時まで、少しでもいいから考えてくれる? 今日はね、それを言いに来たんだ」
何も言わないお春の背中に聡依は微笑みかける。お春のその強張った肩が、少しだけ緩んだような気がした。
用事が済んだ聡依はもういい頃かと松之助を見ると、彼はまだ首をひねっていた。
よほどおつむが弱いのか、と呆れを通り越し、心配になってくる。
「松之助さん、」
それは思い出したらでいい、そう告げようとした時だった。
「松之助っ!」
鋭い声と共に襖が突然開かれた。驚いた暁が軽く飛び上がり、聡依の懐にと逃げ込む。
妖がそれでいいのか、と呆れながら、聡依は暁を抱きとめた。
「あんたっ! あれだけ言ったのに、また連れてきたんだねっ!」
まさに鬼の形相。怒り狂った女将が部屋の中に飛び込んできた。考え込んでいた松之助も驚いた顔で母を見上げる。
26: 1:2011/12/23(金) 00:21:50 ID:wu5lOnqMeM
女将はきりっと一つ松之助を睨みつけると、聡依の方を向いた。その勢いに押され、聡依は少し後ずさる。
「緑青殿」
てっきり怒鳴られるかと思っていた聡依は、その声の静かさに拍子抜けする。
はぁ、と気の抜けた声で返事をすると、女将は冷ややかな目で彼を睨みつけた。
「うちの息子が何か勘違いをしているようで、ご迷惑をかけて申し訳ございません。しかし、この件に関してはあたしたちおおむら屋の問題でございます。どうかお引き取りください」
それは遠まわしだが、家のことに関わらないでほしい、と言っていた。
聡依は一度息を浅く吐き出すと、何か言いたげな松之助に微笑みかけ、女将を見つめる。
「女将さんがそう言うのであれば、私の出る幕はないでしょう。お春さんを大事にしてあげてください」
そしてそのまま軽く頭を下げる。それでも彼に向られる女将の目は冷たいままだった。
「おっかさん!」
責めるような松之助の声に、女将は厳しい目を彼に向けた。聡依は黙って暁を抱き上げ、立ち上がった。
「松之助さん、帰りますので」
聡依は松之助に声をかけると、松之助が情けない顔で彼を振り返ったが、聡依はそれを見ないふりをして無視した。
そのまま部屋を出て勝手口にと向かう。
小僧や女中たちがちらりと好奇の目をこちらに向けてきたが、そのすべてをも聡依は無視した。
27: 1:2011/12/23(金) 00:38:58 ID:wu5lOnqMeM
店を出ると、途端に中から声が聞こえてきた。二人の大きな声。
折角世間体を気にしたっていうのに、それじゃあ意味がないじゃないか、と聡依は呆れ、その滑稽さに笑みを漏らした。
「おみよちゃんが……お春は……」
途切れ途切れに聞こえる女将の声に耳を傾ける。
初めて聞くおみよと言う名に、聡依と暁は顔を見合わせた。一体誰だ? と首をひねっていると、
「結び人なんてねっ、人じゃないんだっ! 所詮妖の仲間なんだよっ!」
不意に暴言が飛び込んでくる。嫌なことほどなぜかはっきりと聞こえてしまうものだ。
暁は女将の声が聞こえないように耳を伏せ、叫びだしたいのを堪えた。
それとは対照的に聡依は飄々とした顔で、もう用はないなと、通りに続く細い道を歩いていく。
その穏やかな顔を暁はやるせない気持ちで見つめていた。
28: 1:2011/12/23(金) 00:40:57 ID:wu5lOnqMeM
通りに出ると、聡依は暁を地面に下し、家に向かって歩き出す。
その背中を暁は泣きだしそうな顔で見つめながら、ちょこちょこと後ろをついて行った。
「聡依殿……」
通りの店を眺めながら歩く彼に、小さな声で暁は声をかける。
「うん?」
何事もなかったかのような顔で振り返る聡依。ますます泣き出したくなった暁は、その懐に飛び込んだ。
「自分で歩きなさいよ」
そう言いながらもしっかりと抱き留めてくれる聡依に暁は息を漏らす。
「いいんですか?」
「仕方ないよ。おおむら屋は小料理屋。客商売だからね、周囲の目が気にならないわけがない」
「でも……」
「まぁ、別に関係ないからね。私は私で勝手に調べるよ。約束してしまったし」
聡依は腕の中の暁に微笑みかけた。
「饅頭でも買って帰ろうか」
暁は無言で頷く。なぜだか楽しそうに鼻歌を歌う聡依を眺めながら、暁は項垂れる。
いつまで経っても慣れなかった。彼に対する人々の態度が。そしてそれに対する聡依の態度も。
聡依殿、聡依殿はもう慣れてしまったのですか? 心の中で問いかけながら、彼の顔を眺める。
伏せた瞳からは何も伝わってこなかった。
29: 1:2011/12/23(金) 00:49:57 ID:wu5lOnqMeM
その夜、再び集まった妖たちの中、聡依は縁側で紙を広げ、彼らの話に耳を傾けていた。
「あっしの聞いた話では、お春さんは中村屋から縁談が来ていたそうですよ。女将さんが嬉しそうに話していたのを聞いたって」
「あたいはお春に男がいたって聞いたよ。何でも相当貢いでいて、女将さんと大喧嘩したとかしないとか」
「ええっ、わっちはお春さんには想い人がいたとしか聞いてないよ。貢いでたなんて大ぼらさっ」
次第にやれ、自分が正しいだの、お前のは嘘だの言い争いが始まった。
しかしそんな彼らなど気にもとめず、聡依は紙に聞いた話を書きつけていた。
「じゃあ、お春さんに縁談が来ていたことは確かなようだね。問題は彼女に想い人がいるのか、男がいるのかっていうことか……」
なんだか見えるようで見えないね、と首を傾げる聡依をじっと見つめる妖たち。
お春を調べていた東側の連中が頷いたのを見て、西側の連中が口を開いた。
「吉兵衛には悪い話しか聞かないよっ」
「あたしの聞いたところによると、女が大勢いるらしいよ。この前いなくなった時、そのみんなが家の前で会っちゃって大喧嘩になったって」
「お茶屋の娘のおみよっていうのが吉兵衛に入れ込んでいるってあちきは聞いたよ」
「わしは吉兵衛には本命がいると聞いたなぁ。まぁ、嘘かも知れんが」
「あっ、私は、吉兵衛さんは女とのいさかいで二度刺されたことがあると聞きました……」
それらもすべて書きつけると、一尺弱(約30センチ)あった長い紙はすっかり文字で埋まってしまった。
「なるほど。吉兵衛はとんでもない男なんだね。女ったらしで浮気は当たり前。だけれど本命がいるかもしれないか。二度も女とのいざこざで刺されそうになったなんて、色男は大変だな」
締りのない吉兵衛の行動に、まぁどこかの誰かが恨んだのだろう。
それか彼女たちの怨念が集まって、彼を襲っているのかもしれない。
どちらも十分考えられる。聡依はそう吉兵衛のことを自分に納得させた。
まぁ、自業自得だろう。自分の出る幕もない。お春とも関係ないだろうと考え、自分でうなづく。
30: 1:2011/12/23(金) 00:52:03 ID:wu5lOnqMeM
今日の投下はこれで終わりです。
読んでくれた人、支援くれた人、本当にありがとうございます!
暇でもしよかったら、明日も読んでやってくださいな。
ではではノシノシ
31: 名無しさん@読者の声:2011/12/23(金) 01:47:42 ID:a0ea1D5.Ko
おぬし、しゃばけシリーズが好きだろう?C
32: 1:2011/12/23(金) 20:48:18 ID:GezEIMi77.
今日もちらちら上げていくよ!!
>>31
支援ありがとう!しかしなぜわかった……
そんな彼の足元で、妖たちは何やら騒ぎ立てていた。ちらりと目をやると、十数の妖たちが一斉に喚きだす。
「聡依っ、聡依っ! おいらが一番だったよなっ」
「わっちだよっ、わっちが一番だよっ!!」
どうやら彼らは誰が一番なのかで争っているらしい。
そんな妖たちに一つため息を吐くと、聡依は筆をおいて彼らに向きなおった。
「で? 自分が一番だと思っているのは?」
十数人の妖の手が上がる。それを見て、再び聡依はため息を吐く。
「お前ら一番って何かわかってる? 正直に言いなさい、自分が本当に一番だと思っているのは?」
一気に4人に減り、その他は便乗して騒いでいただけなようだ。
彼らはばつの悪そうな顔をし、わらわらと散っていく。残った四人は互いににらみ合っている。
33: 1:2011/12/23(金) 20:50:53 ID:GezEIMi77.
「私が覚えている限り、一番で争えるのは獺と河童だけだね。コボッチと小豆洗い、お前たちはここに来た時、ちゃんと私に報告したかい?」
二人はそろって首を傾げ、そして横に振る。
聡依はそれじゃだめだよ、と笑みを浮かべた。
「私に報告してくれなきゃ、一生懸命調べてくれても伝わらないだろ? お前たちが嘘をつくとは思えないから、一番に来たんだろうけどね、報告までしてくれないとお願いごとは完了したとは言えないからね。悪いけれど、今回は我慢してくれる?」
コボッチと小豆洗いはそろって不満そうな顔をする。
聡依はそれを見て、また笑うと彼らの頭を軽く撫でた。
「なにも今日で終わりっていうわけじゃあないんだから。今回一番になれたのに、次回一番になる自信もないの?」
そう問いかけると、二人はそろって首を振った。
そんなことはありえないと、眉を顰めている。
「じゃあできるね。お疲れ様、報告をお願いできる?」
コボッチと小豆洗いはそろって話し始めた。
だから二人同時じゃさぁ、と困った顔で笑う聡依。
そんな聡依を暁は黙って見つめていた。
暁は未だに昼間の沈んだ気持ちが拭えずにいた。
本人があれほど平気にふるまっているというのだから、自分が気にしても仕方がない。
そうは思うのだが、一向に心が動かなかった。
もう何度目かのため息を吐いたとき、不意に肩を叩かれた。
「なに落ち込んでるんだ?」
振り返ると、太助が三味線を片手に立っていた。
長い髪を後ろでひとくくりにし、今日もなんだか青白い顔をしている。
死んでいるのだから顔色も何もないと言えばそうなのだけれど。
「太助さん……」
暁は一度太助を見てから、聡依に目を戻す。
その動きで彼がなぜ落ち込んでいるのかが分かったようで、太助はあぁ、と声を漏らした。
34: 1:2011/12/23(金) 20:52:21 ID:GezEIMi77.
「聡のことか」
暁は黙って頷く。太助も聡依の方を眺めながら、呑気で柔らかな笑みを浮かべた。
「さては、お前。あいつが心配か」
「しっ、心配っていうわけじゃにゃ……、心配です」
暁の反応に太助は声を漏らして笑うと、浅く息を吐き出した。
「お前がね、あいつを心配するのも無理はないな。だけど、心配されてもどうしようもないのも事実だ。あいつは少し慣れすぎているんだよ」
ちらりと横の太助を見上げる暁。
彼が何を言いたいのかが今一つ分からないらしい
その視線に気が付いた太助は困ったように頬を掻いた。
「まぁ、あいつのことは気にするなってことさ。お前が思っているより、あいつは傷ついてもいなけりゃ、気にしてもいないよ」
はい、と沈んだ声で暁が返事をする。
太助はぼんやりと聡依の横顔を眺め、そして不意に寂しそうに眉を下げて呟いた。
「あぁ、でも、笑っていても楽しいだけじゃあないんだろうなぁ。あいつは」
暁はその言葉の意味を知ろうと聡依に目をやる。
小豆洗いやコボッチたちと楽しげに笑いあうその姿に、楽しさ以外の何物も見つけ出せず、彼は自分の足元に目を落とした。
もっと、もっと理解したかった。そしてもっと、もっと……?
35: 1:2011/12/23(金) 20:53:41 ID:GezEIMi77.
「あっしは、結局自分が聡依殿に何をしてあげたいのかが分かりませんにゃ」
無力だと思った。ここにいる妖たちの中で一番身近にいる、だけれど一番そばにいる月日は短い。
結局、自分には聡依のことなど、何もわからないのだと思い知らされたような気がした。
「俺にはあいつにできることなんて何もないよ。だから、少しお前が羨ましい」
太助は項垂れる暁に笑いかける。
その言葉の意味に気が付き、暁はハッと顔を上げた。
「結び人つきの妖であるお前がね」
――そう思うなら、私のそばにいてくれる? お前は面白いから、いると退屈しなさそうだ。
「いるだけでもいいんじゃないの。それ以上は、お前のしたいことをすればいいよ」
優しさがたっぷりと含まれたその声音に、暁は聡依の言葉を思い出す。
とっさに下を向いて潤んだ瞳を隠した。太助が彼の頭を優しく撫でる。
我慢できずにこぼれた涙が、どんどん地面に染み込んでいく。
妙に落ち着いた心で地面できるその水玉模様を、暁はぼんやりと眺めていた。
36: 1:2011/12/23(金) 20:55:23 ID:GezEIMi77.
その日の真夜中のことだった。一通り情報の整理が終わった聡依は床に就いていた。
そんな彼の穏やかな睡眠を妖たちが邪魔をする。
「聡依っ、聡依っ!」
きゃっきゃっとはしゃぐ声に目を覚ますと、家鳴りたちがぐるりと布団を囲んでいた。
思わず苦笑いがこぼれる。
「なんだい、真夜中に。かけっこでもするの?」
「櫛の話を持ってきたよっ」
得意げな家鳴りたちに、寝かせてくれとは言えず、しぶしぶ起き上った。
騒ぐ彼らを静かにと戒めることも忘れずに。
筆と紙を取り出した聡依は、硯をすりながら家鳴りたちを見回す。
「じゃあ順々に話して行っておくれ」
家鳴りたちはそろって頷いた。
「ふうん……、じゃああの櫛はもともと遊女のものだったんだね」
一通り話を聞き終えた聡依が、顎を触りながら考える。各々頷く家鳴りたち。
彼らが持ってきた話は支離滅裂で、多すぎてまとまりがなかったが、その中にもかなり役立つ話があった。
「男にだまされて身売りをした遊女ねぇ……」
あの櫛の雰囲気はまさに遊女と言う風だったが、と聡依は笑みを漏らした。
家鳴りたちはそれを見て、不思議そうに顔を見合わせ、首をひねる。
「それを松之助さんがお春さんに買ってあげたと」
37: 1:2011/12/23(金) 20:56:34 ID:GezEIMi77.
ふむ、と自分の書いた覚書を眺めながら、聡依は軽く頷いた。
そして腕を組んだまま、しばらく考え込む。
「遊女が死んだのはもう十数年も前。そしてその櫛は数年前に松之助さんがかったもの。今回のことは櫛が原因だとしても、なんで今更? 彼女を引き出すきっかけでもあったのか?
『わっちはお春さんには想い人がいたとしか聞いてないよ』
『わしは吉兵衛には本命がいると聞いたなぁ』
『あたしの聞いたところによると、女が大勢いるらしいよ』
『あっしの聞いた話では、お春さんは中村屋から縁談が来ていたそうですよ』
『あたいはお春に男がいたって聞いたよ。何でも相当貢いでいて……』
『おみよちゃんが……!』
『この前の晩、随分落ち込んで帰ってきて……』
『お茶屋の娘のおみよっていうのが吉兵衛に入れ込んでいるってあちきは聞いたよ』
『急に化粧が濃くなったんです』
『お前、紅売りの吉兵衛って知ってるか?』
『そういえば、最初の方は返事だけでもくれました。なにかきっかけがあったはず……』
不意に、聡依の中で何かがひらめいた。
もしかしてこれは、と顎に手を当て、一つ頷く。
そしてじっとこちらを見つめている家鳴りたちに向かって微笑みかけた。
「家鳴り、ありがとう。助かったよ。お前たちのおかげで、大分わかった気がするよ」
38: 名無しさん@読者の声:2011/12/23(金) 20:58:00 ID:5.z5TyxHOY
支援
39: 1:2011/12/23(金) 20:58:04 ID:GezEIMi77.
聡依の言葉に大はしゃぎをする家鳴りたちに、彼は微笑みながらも静かにするようにと諌めた。
これは彼らの働きあっての解決だな、と聡依も彼らを存分に褒める。
「あとは細かいところを補うだけだね。あの人が返って来てないからね。最後のあの人が、おそらく一番大きな欠片を持ってきてくれる。そうすれば、きっと見えてくるさ」
月明かりのした、はしゃぐ家鳴りと嬉しそうな聡依。
薄い襖を挟んだその隣では、暁がうにゃうにゃと言いながら、穏やかな寝息を立てていた。
ところが次の日、その最後を待つことなく、松之助が再び屋敷に転がり込んできた。
目元には大きな痣。恐らくおおむら屋の旦那とひと悶着あったのだろう。
のんびり三味線を弾いていた聡依はその顔に驚いた。
「松之助さん、一体どうしたんですか?」
女将にはもう関わるなと言われているはずだ。
ましてやその痣。旦那にもかなり絞られたのだろう。
密かに同情しながら問うと、松之助は泣きそうな顔で聡依に掴みかかった。
「緑青殿っ! お助けくださいっ、妹をっ! お春をお助けくださいっ!!」
これじゃあ最初に逆戻りじゃないか、とその慌てぶりに呆れていると、松之助はその場にへたり込んでしまった。
40: 1:2011/12/23(金) 21:00:12 ID:GezEIMi77.
>>38
支援ありがとう!
「まぁまぁ、どうしたんですか?」
「お春がっ……! お春がいなくなってしまったんですっ!」
その言葉に思わず暁と顔を見合わせる聡依。
のんびり三味線どころじゃないと、騒ぎを聞きつけて現れた太助に三味線を渡し、立ち上がる。
「それはいつですか」
「今朝、久しぶりに起き上ったと思ったら、不意にいなくなってしまって……!」
あぁ、もうダメだ、と声を漏らす松之助。
それを呆れた顔で眺める太助に、聡依は妖を集めるように耳打ちした。
「暁、行くよ」
聡依の声に暁は頷くと、子猫の姿から七尺(二メートルと少し)ほどの大きな姿に形を変えると、庭に下り立った。
聡依は太助が奥から持ってきた刀を差すと、松之助に向きなおる。
「そう言えば松之助さん。昨日言っていたことは思い出せましたか?」
普段と何一つ変わらない笑みを浮かべているはずなのに、今日の聡依はいつもと違う何かがあった。
それに押されるようにして、松之助は頷き、慌てて口を開く。
「お春は口を利かなくなる前、私に言ったんです。兄(あに)さん、あたいはって。普段、兄さんともあたいとも言わないんです。私のことは松之助兄(にい)さんと、そして自分のことは私と」
それを聞いた聡依は笑みを浮かべた。気が付くと、庭にいっぱいの妖たちが集まっている。
その中に、それがいないことを確認した聡依は、彼らに頷いた。
41: 1:2011/12/23(金) 21:02:49 ID:GezEIMi77.
「この前の東側の奴らはろくろ首を探してきてくれないか? どうせどこかで飲んだくれているだろうから。西側の奴はお春さんを探してほしい。最初に戻ってきたやつに一番ご褒美をあげるよ」
いつもと同じことを口にしているのに、今日は妖たちも全く騒がない。
皆神妙な顔で頷くと、無駄口も叩かずにさっと散ってしまった。
聡依の様子を、松之助はぽかんと呆けた顔で眺めている。
彼には綾香氏が見えないので、聡依が一人で話しているようにしか見えないのだ。
「さて、行こうかね、暁。太助は松之助さんを頼むよ」
太助は一つ頷き、松之助の腕をつかんだ。
突然何か得体の知れないものに腕を掴まれた松之助は、面白いほどに狼狽し、震えあがる。
「申し訳ないけれど、少し待っていてくれますか? 落ち着いたら、おおむら屋に戻ってください。お春さんは必ず連れて帰りますよ」
松之助が恐怖で思い通りにならない体を無理やり動かし、何とか頷いた。
それを確認すると、聡依は暁の背に乗る。
「清次さんに会いに行こう。どうせ暇だろうし」
冗談めかしたその言葉に暁は一つ頷くと、その場で大きく跳躍した。
42: 1:2011/12/23(金) 21:04:29 ID:GezEIMi77.
じかんぎれなようなので、今日の投下はここまでです。
明日は来れるかわからんけど……、できるだけがんばるよ。
支援くれた人ありがとう!
ではではノシノシ
43: 名無しさん@読者の声:2011/12/23(金) 21:37:02 ID:tuS1F/H/hs
しえぇぇえん!!!
続きすごく楽しみにしてます!!
44: 1:2011/12/24(土) 23:26:38 ID:GezEIMi77.
今日もちょこちょこやっていきますぜ!!
>>43
支援ありがとう!
投下頑張りますっ。
45: 1:2011/12/24(土) 23:28:38 ID:GezEIMi77.
広がる家々を飛び越え、町はずれの清次の貸し本屋にと急ぐ。
人を踏まないようにと気を付けながら跳ぶ暁の背で、相変わらずこれは便利でいいなぁと呑気なことを聡依は考えていた。
「清次さん」
古びた戸を開き、さも当然の様に店の奥にと進む聡依。
昼時と言うこともあってか、店には誰もいなかった。
商売する気があるのかね、と思わず呆れる。
「おーっ、聡依。お前が来るなんて珍しいなぁ」
奥から売り物である本を片手に清次が出てきた。
眠たそうな顔をしているところから見て、どうやら店番をしながら少し居眠りしていたようだ。
呑気なもんだ、と呆れる。
「一つ訊きたいことがあるんだけれど」
「あぁ、なんだ?」
清次は本を文机にふせ、こちらに目をやる。
「吉兵衛っていうのはどの辺に住んでいるか教えてくれる?」
清次は不思議そうな顔をしながら、寺の近くだと教えてくれた。町の西側の方である。
多く並ぶ長屋の一つに吉兵衛は住んでいるらしい。そこはここからそう遠くはない。
46: 1:2011/12/24(土) 23:34:37 ID:GezEIMi77.
暁の背に乗ればあっという間だろう。そう思った聡依は一つ頷く。
ふとあることをを思い出し、清次を改めて伏せた瞳をあげた。
「そうだ。そう言えばおみよさんっていう人を知ってるかい?」
「おみよちゃん? あぁ、知ってるよ。確かお茶屋さんの一人娘だった気がする。でもなんで?」
首を傾げる清次に聡依は答えず、質問を重ねた。
「そのおみよさんって、もしかするとおおむら屋のお春さんと仲がよかったりする?」
「あぁ、そういえば……、大の仲良しだって聞いた気がするなぁ。なんかあったのか?」
訝しげに尋ねる清嗣に何でもないと返し、聡依は眉を顰めた。
しかし、分からないものはしかたがない。考えてるよりも、今やらなければいけないことはほかにある。
仕方がないと自分を納得させ、顔をあげて清次に礼を言った。
「ありがとう、助かる。それじゃあ、また」
踵を返し、表で待つ暁の元へと歩みを速めた。
なんだなんだ、と追ってくる清次を聡依はもう一度振り返ると奥のちゃぶ台を指で示した。
「そういえば、あれ、売り物だろう? もうちょっと丁寧に扱えないのかね」
笑いながら小言を言う聡依に、清次は苦笑いを返すしかなかった。
47: 1:2011/12/24(土) 23:36:17 ID:GezEIMi77.
「聞こえたかい? 西の長屋が立ち並ぶところだ」
「あい、しっかり聞いてましたにゃ」
「お春さんはおそらく吉兵衛のもとに行ったよ」
聡依は再び暁の背に乗ると、一つ頷いた。
暁は再び大きな跳躍をする。家々を飛び越えながら、ちらりと聡依を振り返った。
「でも聡依殿、どうしてお春さんは吉兵衛のもとに行ったと思うんですか?」
その問いに、聡依は目を伏せ、笑みを漏らす。
「まだ内緒だよ。自信がないからね。あとはろくろ首の話さえ聞ければ、自信が持てるんだが」
「ろくろ首殿はそんなに重要なお方ですかにゃあ……」
やや不満そうに呟く暁。聡依はそんな彼を笑いながら、嫉妬でもしてるの? とからかった。
「あれはどうしようもない酒飲みだけれどね、持ってくる話の良さは誰もかなわないさ。早く見つかればいいんだが」
「ふうん……、あぁ、もうすぐつきますにゃ」
まだ不満が残っているのだろう。
若干冷たい声で暁はそう言うと、下を指した
48: 1:2011/12/24(土) 23:41:22 ID:GezEIMi77.
聡依は肩ごしに街を見下ろし、暁の言う通り長屋が近いことを知る。
「間に合うといいんだけれど」
「なにがですにゃ?」
「もしも、お春さんに憑いているのが、ことを成し得てしまえば、あれは悪霊になるしかないよ」
「そうしたら聡依殿は……」
息をのむ暁。聡依は見えないと知りながらも、頷いた。
「あぁ、切るしかないよ」
久しぶりに携えた二本の刀が、ずっしりと重たく感じた。
「吉兵衛さん、吉兵衛さーん」
長屋についた二人は早速吉兵衛の部屋を訪れるが、全く反応がない。
家にいないのだろうか、と顔を見合わせていると、その隣に住む男が迷惑そうな顔をして出てきた。
「吉兵衛さんならいないよ。最近は帰って来てないんじゃないかな」
「帰って来てない……、というと?」
そう尋ねる聡依に男はますます迷惑そうな顔をして頭を掻く。
49: 1:2011/12/24(土) 23:49:05 ID:GezEIMi77.
よくわかんないけどね、と前置きをしてから口を開いた。
「なんだか、長屋に女の幽霊が出るだとか、呪い殺されるだとかわけのわからないことを言って、この前出て行ったよ。そのうち落ち着いたら荷物を取りに来るって言ってたけど、本当に戻ってくるのかね」
男は深いため息を吐く。家賃はどうするんだよ、と文句を言う男を無視し、聡依は一人うなづいた。
彼は何やら考えながら礼を言い、暁を連れて急いで長屋を離れた。
「聡依殿、どうするんです?」
「どうもこうもないよ。居場所がわからないんじゃどうにもできない。お春さんを探している連中が見つけるか、私たちが先に吉兵衛を見つけるか……。まずいね、呑気にしてられないよ」
苦々しげに答える聡依に暁は一つ頷く。聡依は険しい顔をしたまま、暁に告げた。
「ここからは別行動だね。見つかり次第、吉兵衛を押さえてほしい。そして何かわかるように合図を送ってくれ」
いいね、と念を押すと、聡依は踵を返した。と思うとなぜかこちらを振り向く。
50: 1:2011/12/24(土) 23:53:50 ID:GezEIMi77.
不思議そうにそれを見ていた暁を、聡依は楽しげに笑う。
「何をしてあげたらいいかわからないなんてふざけたことを言っている暇があったら、もうちょっと頑張って働いてほしいもんだねぇ」
その言葉に聞き覚えがあり、首を傾げ、気が付いてハッとした。
瞬く間に顔が熱くなってくるのを感じ、暁はとっさにその場に俯く。
「がたがた余計なことを考えるんじゃないよ。暁、お前は私の妖なんだろう? なら、やることは一つじゃないか」
暁は黙って頷いた。何度も頷いた。
それを見ながら聡依は優しく笑い、その頭をポンポンと軽く叩く。
「じゃあ、頼んだよ」
そしてそう言うと、聡依は踵を返し、通りを駆けて行ってしまった。
遠ざかる足音を聞きながら、暁は恥ずかしいやら嬉しいやら何やら胸がいっぱいで顔も上げられそうになかった。
「聞いてたなんて……」
なんだかずるいにゃ、と一人呟く。
それでもわざわざ気を回してくれた聡依の心が嬉しかった。
彼は鼻をすすると、一つ頷き、よしっと気合を入れてまた大きな猫にと姿を変えた。
やることは相違の言うとおり、一つしかなかった。
51: 1:2011/12/24(土) 23:56:37 ID:GezEIMi77.
うわ、誤字……、50の最後のは『相違』でなく『聡依』です。
「聡!!」
長屋で暁と別れてから一時(約二時間)ほど経った頃、未だに吉兵衛を見つけられずにいた聡依のもとにがしゃどくろがやってきた。
その肩には、
「ろくろ首」
「遅くなって悪いねぇ」
小娘の格好をしたろくろ首が、しゃがれた声で笑った。
それにつられるようにして聡依も笑い、ろくろ首を見上げて言う。
「ろくろ首、お前の聞いてきた話を教えてくれるかい?」
ろくろ首は長い首を揺らし、頷く。
「私は東側だったからね、お春さんについて話を聞いてきたんだけれど、面白いことがわかったよ」
ろくろ首の話はやはり他の誰よりも詳しく、丁寧なものだった。
「じゃあお春さんはそのために吉兵衛に……」
「ええ、それが中村屋の人に知れて、縁談が破談になりそうになってるみたい」
「そりゃあ恨んでも仕方がないねぇ」
聡依が腕を組み、深く頷く。
ろくろ首は眉を顰めて、同じように頷いた。
「同じ女としちゃあ許せないね」
「あれ? お前、女だったっけ?」
おどけて尋ねた聡依を力の限り睨みつけ、ろくろ首はふんっと鼻を鳴らした。
にょろにょろと首をこちらまで伸ばし、聡依を間近で睨みつけると、その額に思い切り自分の額をぶつけた。
いたっと悲鳴を上げ、一歩下がる聡依。
52: 1:2011/12/25(日) 00:04:12 ID:GezEIMi77.
「便利だなぁ……」
「馬鹿なんじゃないのかい、坊やは」
額を押さえ、呑気に呟く聡依にろくろ首は呆れてそう言った。
それを聡依はまた笑って流す。
「まぁ、とりあえずありがとう。助かったよ。事情が分かった以上、余計にあれだね、急いで探さないと」
「まだ見つかっていないのかい?」
「あぁ、みんなにお願いしたんだけど、なかなか見つからないんだ。そのうち日が暮れてしまうんじゃないかと思うとさ……」
流石の聡依も焦りを感じ始めているらしい。
ちらりと太陽の方に目を向け、ため息を吐いた。
夜になれば妖たちの力はより強くなる。
お春についている物が悪霊になるのも時間の問題だった。
「街の隅々まで探してくれているんだ。私も一応いろいろ探しては見たんだけど……、どこにもいないんだよ」
そう言うと困ったように眉を下げた聡依に、ろくろ首はふと考え込むと真剣なまなざしで彼をじっと見つめた。
53: 1:2011/12/25(日) 00:08:57 ID:GezEIMi77.
「お前さん、一つ、探してないところはないかい?」
「え? いや……、心当たりは探したよ。みんなも隅々まで探してくれているし」
「いや、お前さんたちが一つ忘れているところがあるよ。みんなの盲点だね」
「盲点……?」
真剣なまなざしのろくろ首に、聡依も真剣に考え込む。
自分が探していないところ、みんなも探していないところ。自分の屋敷?
まさか。あそこには太助がいる。じゃあいったい……。
「あたいたちが一番苦手場所ってどこだと思う? そしてお前自身もめったに近づかない場所だよ」
妖たちが皆苦手なところ、そして自分自身も行かないところ。
まさか、と聡依は顔をあげ、ろくろ首を見つめた。
「寺……だとか?」
「大当たりさ」
にんまりと、ろくろ首が得意げな笑みを浮かべた。
54: 1:2011/12/25(日) 00:11:32 ID:GezEIMi77.
「お前さんには悪いけれど、あたいらはあそこには行きたくないからね。いくらお前さんの頼みと言えども、知らぬうちに避けているんだよ。だけど人はあたいらの気配を感じればそう言うところに逃げ込むだろう? 吉兵衛がそこにいる可能性はあると思うけど」
「なるほど……、ろくろ首、ありがとうっ」
聡依はすぐこの町にある寺二つの寺を思い浮かべ、それの吉兵衛の長屋に近い方に向かうことにした。
もしも自分ならば、あえて遠いところは選ばない。
「行ってみる。助かったよ、ろくろ首。本当にありがとうね」
「いいから早くいきな。あたいらはいいんだよ、ご褒美がもらえればね」
にっこり笑ったろくろ首に、聡依もにっこりと笑顔で返す。
「だけどまぁ、ろくろ首は一番遅かったから、一番ご褒美が少ないんだけどね。まぁいいや、じゃあ、行ってくるから」
最後の最後にわざわざそう付け足す聡依に、さすがのろくろ首もぽかんと口を開けている。
ひねくれ者だなぁ、とがしゃどくろは二人を見つめ、呆れていた。
「ばっバカ! あんたはいっつも一言多いんだ! せっかくいいことを教えてあげたんだから、あたいにも少しは……!」
ろくろ首の怒鳴り声に背を向けて、聡依は寺に向かって駆け出した。
55: 1:2011/12/25(日) 00:19:15 ID:GezEIMi77.
今日の投下はこの辺で終わります。
明日はクリスマスですね!
どうせ、このSSを読んでくれているイケメンには予定があるんだろうけど……。
爆ぜろッ(・ω・)ニッコリ
ではでは、また明日ノシノシ
56: 名無しさん@読者の声:2011/12/25(日) 20:08:21 ID:0YL9Uv0OTE
暁可愛いよぅ(*^A^*)
でも聡依のキャラも大好きだよぅ
でも気付いてしまった
オレ イケメンでもなんでもねぇや
てか、そもそも男でもねぇや…
でも支援!!
57: 1:2011/12/25(日) 23:53:55 ID:GezEIMi77.
今日もちまちま投下していきますぜ!
>>56
暁「にゃにゃっ! かわいいだなんて……」
聡依「ネコ、お世辞って知ってる?」
支援ありがとうございます!
おにゃの0こなら、イケメンじゃなくても大歓迎なんだぜ……
58: 1:2011/12/25(日) 23:58:10 ID:GezEIMi77.
聡依が寺についたころにはもう日が傾き始めていた。
石段を駆け上がり、境内を見回す。それらしき人影は見えず、選択を誤ったのだろうかと眉を顰める。
もう一周だけ、境内を回ってからもう一つの寺に向かおう。
そう思った時だった。
「うわあああっ!」
寺の裏にある山の方から、男の悲鳴が聞こえた。
はっと振り返り、そちらを向くと、声に驚いたカラスがバサバサと羽音を立てて飛んでくる。
「あっちか……!」
聡依は山の方に向かって走り出した。
¥古ぼけた柵を越え、山の斜面を登って行く。
こんなことなら、もう少しちゃんとした履物にすればよかったと、古ぼけた草履を見て舌打ちをした。
「吉兵衛さんっ!」
名を叫ぶ。不思議そうな顔をした鳥が、聡依の勢いに驚き、飛び去って行く。
それに構う暇など無く、遮るかのように伸びた枝を腕で避けながら、聡依は何度も吉兵衛を呼び続けた。
「くっそ……、返事がない……」
あれから一度も吉兵衛の声は聞こえなかった。
最悪を予想し、ますます焦りを感じながら、聡依は垂れる汗を腕で拭う。
いつの間にかできていた頬の擦り傷に、汗が沁みた。
「一体どこにいるんだよ……!」
苛立ち、そばにあった木の幹に思い切り拳を打ち付ける。
バサバサと、葉が揺れた。
もうだめかもしれない。
そんなことを思い始めたときだった。
59: 1:2011/12/25(日) 23:59:33 ID:GezEIMi77.
「助けてくれっ……!」
小さな叫びが聞こえた。ハッとし、そちらに顔を向けると、もう一度。
うめき声も聞こえる。聡依は慌ててそちらの方に突き進みながら、再び口を開いた。
「きちべ……、お夏っ!!」
咄嗟に叫んだ瞬間、ぬかるみに足を取られ、派手に転ぶ。
しかし、聡依には彼女が自分の言葉に反応したことに気づいていた。
「お夏っ! お夏っ! 聞こえているんだろ?」
慌てて起き上り、また走り出す。
すっかり泥だらけになった姿など気にもせず、聡依はそちらの方に突き進んだ。
「前に言ったじゃないか。一番良い方法を考えるって。だから、だからちょっと待って!」
返事がない。しかし、彼女は動く気配もなかった。
きっと、黙ってこちらの方に耳を傾けている。そう確信した聡依は、再び口を開き、大きく息を吸った。
「吉兵衛、返事をしろっ!!」
その声にこたえるように、前の方から大きな叫び声が聞こえてきた。
「助けてっ!!」
情けない、と眉を顰めながらも、聡依はそちらに向かって走り続けた。
木々の隙間からようやく二つの人影が見えたとき、彼はようやくその歩みを緩めた。
「やっと見つけた」
大きく息を吐き、思わず笑みを漏らす。
枝をかき分け、やってきた聡依を吉兵衛は恐怖に包まれた瞳で、お春は驚きに満ちた瞳で見つめた。
「やっと会えたね、お夏」
60: 1:2011/12/26(月) 00:01:11 ID:GezEIMi77.
「あんたは……」
「昨日、会いに行っただろう? もう忘れたのかい?」
呑気な言葉を返す聡依に、吉兵衛は思わず縋るように手を出した。
その手に気が付いた聡依は、それを邪険に払いのけ、一度きつく睨みつける。
「がたがた言うんじゃないよ、情けない。男だろうが」
舌打ちを一つされ、吉兵衛は怯えたように後ずさりをした。
そのまま木の根に躓き、その場にしりもちをつく。
「あんた、あたいを邪魔しに来たの、かい?」
ゆっくりと妙な区切りで言ったお春に、聡依は優しく微笑みかけ、首を振った。
「私はお前の味方だよ。だけどね、この男にどうにかすれば、お前もどうにかなっちゃうんだよ。それはわかっているの?」
聡依の問いに、お春は戸惑うかのように目をそらした。
わかっているのか、とため息を吐く聡依。
「分かっているならいいんだ。だけど、お前がそうするなら私はお前の味方でい続けることができない」
聡依は刀に手を触れ、目を伏せた。
お春が聡依の目を追い、その腰にある刀を見つめ、ハッと目を見開く。
61: 1:2011/12/26(月) 00:04:18 ID:GezEIMi77.
「あ、たいを……切る、の?」
「それはお前次第だよ、お夏。悪いけれど、私は腐っても人間なんだ」
自嘲的にそう言うと、聡依は彼女に目を戻した。
その怯えと不安に揺れる瞳をじっと見つめ、にこりとほほ笑む。
「あぁ、申し遅れたね。私は第一六代緑青の結び人、青木聡依と言うんだ」
結び人、という言葉に反応したのか、お春は慌てて聡依から離れ、身を固くした。
それを見て、聡依はますます笑う。
「そんなに怯えなくてもいきなりとって食べたりしないよ。まぁ、とりあえずお前の話を聞こうじゃない」
お春は唇を強くかみしめ、敵意をむき出しに聡依を睨みつけた。
「お、まえなんか、に、話なんかっ、ないっ!」
「そりゃ残念だなぁ。じゃあどうしたら話してくれる?」
お春は聡依を睨みつけたまま、唸るように叫んだ。
「死ねっ!!」
「勇ましいねぇ。そこでへたり込んでいる男とは大違いだ。だけどね、お夏。いきなり人に死ねなんて言うもんじゃないよ」
呆れたように肩をすくめた聡依に向かって、石が投げられた。
それを軽々と避け、仕方がないと聡依は刀に手をかける。
ひいっと悲鳴が上がったことから、吉兵衛に石が当たったことが振り向かなくとも分かった。
62: 1:2011/12/26(月) 00:09:18 ID:GezEIMi77.
「ごめんね、手荒な真似はしたくないんだけれど」
さやから抜かれた刀が、白く煌めいた。
「うるさいっ!!」
叫びながら石を投げつけるお春。
聡依はそれを避け、彼女に徐々に近づいていく。
「ねぇ、こうしようか。私がお前の動きを止めれたら、お前が今何を思っているか、教えてくれる? もし一つでも石が私に当たったら、私はこの男を放って家に帰るとしよう」
突然の聡依の宣言に、面を喰らったのは吉兵衛の方だった。
冗談じゃないと、抗議の声を上げると、冷たい目が吉兵衛の方を向く。
「黙ってろって、何度言わせるの?」
切っ先がこちらを向き、思わず黙り込む。
悲鳴すら上げられない聡依の雰囲気に、吉兵衛はさっと目をそらし、体を丸めて目を固く閉じた。
63: 1:2011/12/26(月) 00:16:30 ID:GezEIMi77.
「ようやく静かになったね。それじゃあ始めようか」
「うるっさいっ!」
拳ほどの大きな石が聡依のすぐ横を飛んで行った。
どうやってあんなものを見つけているのだか、と感心しながら、当たったら怖いな、と苦笑いをする。
「気を抜けないってことはよくわかったよ」
なおも笑い、話し続ける聡依にお夏は苛立ったように地団太を踏んだ。
「手加減はしないよ?」
悪戯に微笑んだ聡依にまた石が投げられた。
何度投げてもどれだけ狙っても一向に石は当たらない。
徐々に疲れてきたお夏は、肩で息をしながら聡依を目で追う。
少しずつ、少しずつ、聡依はこちらに近づいてきていた。
もうやめて。もう疲れた。もう無理だよ。
自分以外の声が聞こえてくる。どこから? いったい誰が?
若い聞き覚えのある女の声は、何度もお夏に訴えてきた。
もう、やめてと。
「大丈夫だから。もうやめようか」
不意に耳元でささやかれ、ハッと振り向く。
いつの間にか背後に立った聡依が、お春の腕を掴んでいた。
それを合図にしたかのように、お春の体から徐々に力が抜けていく。
あっ、と声を漏らしたとき、握った拳から石が転がり落ちた。
64: 1:2011/12/26(月) 00:26:25 ID:GezEIMi77.
今日はキリがいいので、この辺で終わります。
28日までには終わらせる予定なので、もうちょっと付き合ってくれるとありがたいです!
今日も支援ありがとうございましたっ。
ではではノシノシ
65: 名無しさん@読者の声:2011/12/26(月) 07:31:49 ID:xeZblqhMrg
え?
もう終わっちゃうんだ…
もったいないなぁ…
66: 1:2011/12/26(月) 22:44:12 ID:GezEIMi77.
今日も投下していきますぜ!
>>65
もったいないなんて!
ありがとうございます!!
もし需要があったら、番外編みたいなのを続けてみようかなんて……ゴニョゴニョ
67: 1:2011/12/26(月) 22:46:44 ID:GezEIMi77.
暁が聡依のもとに駆け付けたころには、お春からはすっかり敵意がなくなっていた。
よほど疲れたのか、その場にうずくまり、静かに泣き声を漏らす。
聡依はその背中を黙って撫でていた。
「聡依殿……」
「ネコ、ちょっと遅いんじゃない?」
ちらりと振り返った聡依が小言を言う。
暁は少し耳を下げ、すいませんと呟き、聡依のもとに駆け寄った。
「太助さんは落ち着いておおむら屋に帰っています。妖たちも大体解散しました。みんな役に立てなくて申し訳なかった、と言ってましたにゃ」
「うん、わかったよ。ご苦労さん」
子猫の姿に戻った暁の頭を、労わるように撫でる聡依。
暁は目を細め、その手の温もりを味わった。
不意に聡依の袂を何かが引いた。
その手の主を追うと、すっかり疲れた顔のお春がこちらをじっと見つめていた。
「落ち着いた?」
顔を覗き込み、聡依がお春に問う。彼女はゆっくりと頷いた。
暁はお春を警戒し、聡依と彼女の間にさっと割り込んだ。
68: 1:2011/12/26(月) 22:48:23 ID:GezEIMi77.
「あたいは……、どうなるの?」
不安そうな声が聡依に問いかける。
聡依はまた彼女の背中を優しく撫でながら、その瞳をじっと見つめた。
「切られるの?」
何も言わない聡依にますます不安になったのか、お春は重ねて問い、聡依の腕をつかんだ。
その力の強さに、思わず聡依の顔が歪む。
「聡依殿っ!」
「ネコ、大丈夫だから」
敵意をむき出しにし、今にも噛み付かんばかりにお春を睨みつける暁。
それを止めると、聡依はお春の手に手を重ねた。
「私はね、お前を切る気はないよ。だけどね、このままお春さんに憑かせたままにはさせられない。それはお前もわかっているだろう?」
聡依の問いかけに、お春はゆっくりと頷いた。
それを見て聡依も重ねて頷く。
「だからね、私はお前とお春さんを離さなきゃいけない。それにお前はもうお春さんの櫛にも戻れないんだ。嫌かい?」
69: 1:2011/12/26(月) 22:54:19 ID:GezEIMi77.
櫛に戻ることができない。それは彼女にとってとても衝撃的なものだった。
唯一残っている自分の持ち物。
それを取り上げられる? そしてお春からも離れなければならない?
「嫌だよね、当たり前だ。だけどね、一度離れてしまったから、お前はもう櫛に戻ることもできないんだ。万が一、戻れてたとしても、こうなってしまった以上、お前は櫛の憑き物として、お春さんのそばにいることはできないよ。私はきちんと彼女たちに説明をするつもりだし、第一お春さんはお前が何かよくわかってる。それでも、怖いだろうし嫌だろうさ。わかるかい?」
お春はゆっくりと頷いた。
暁は彼女を下から覗きこみ、その悲しそうな瞳に目を合わせる。
彼女は目が合うとすぐに視線を逸らした。見られたくなど無かったのだろうか。
「やっぱり……あたいを切るんだね」
「お前はそればっかりだね」
思わず笑みをこぼしながら、聡依はお春にそう答えた。
お春は聡依をじっと見つめ、訝しげに眉をしかめる。
自分は切られるとばかり思っているようだ。
「何でもかんでも切り捨てる趣味は、私にはないよ。だからね、私はお前にいいことを一つ、提案しようと思うんだ。これに乗るか乗らないかはお前次第だけれど」
暁は何やらおかしな方向に事が進みそうなっていることに気が付き、眉を顰めて聡依を見つめた。
まさか……、と彼が口を開きかけたのを見て、聡依は意味ありげににっこりと微笑む。
70: 1:2011/12/26(月) 23:01:26 ID:GezEIMi77.
「うちの屋敷に来ない? 死人だとかなんだとか、気にするような場所でもないし、基本的に自由だよ。ねぇ、いいだろう?」
思いもしない提案にお春はぽかんと呆けたように口を開ける。
暁はやっぱりと、手で額を押さえる。なんだかひどく頭が痛い。
「うちで家事をしてほしいんだ。私には今誰もそう言うのがいなくてね。私一人だけなら別にいいんだけども、最近このネコがうるさくってね……」
ちらりと笑みを浮かべたまま、聡依は暁を見下ろす。
自分を言い訳にされた暁は黙ってそれを睨み返した。
「でも……、あたいは、その、お春のために、彼女を守って……」
「ねぇ、お夏。知っているんだろ? 彼女はね、嫁に行くよ。そうしたら、彼女を守るのは、お前の役目じゃなくなる。そうだろ? それが昔、お前がずっと望んでいたことなんだから」
お春の瞳が揺れた。迷うように目を落とし、自分の手を見つめ、口を閉ざす。
聡依はそれを見て、じれったそうに眉を掻いたあと、不意に彼女の体を抱きしめた。
驚くお春は身を固くし、聡依を見上げる。
71: 1:2011/12/26(月) 23:03:17 ID:GezEIMi77.
「ねぇ、うちにおいで? 俺のために家のことをしてよ。そうしてくれたら、俺は君のこと、ちゃんと守ってあげる。ねぇ、お願い?」
囁く聡依を、暁は二人の間で呆れた顔で眺める。
この女ったらしが、と罵りたくなるのをぐっとこらえ、代わりに深い深いため息を吐いた。
彼も主人のこの悪い癖はどうも苦手らしい。
それとは対照的にお春は、耳まで赤く染め、俯き、小さな声で答えた。
「……わかったよ」
ね? と暁に目配せをした聡依を、暁はきつく睨みつけた。
後でたっぷり説教ですからねっと瞳に力を込めると、聡依はつまらなさそうな顔で暁から目をそらす。
反省をする気など、さらさらないらしい。
「じゃあ決まりだね」
言うが早いか、聡依はお春から体を放し、立ち上がった。
その素早さにあっけにとられ、聡依を見上げるお春。
これだから、とますます呆れる暁。
72: 1:2011/12/26(月) 23:10:00 ID:GezEIMi77.
そんな三人の後ろで、すっかり忘れられていた男が動いた。
「どいつもこいつも……! 俺を馬鹿にしてっ!!」
彼は低く呟くと、そばにあった木の棒を手に立ち上がる。
それを振り上げ、こちらに駆け寄ってこようとした吉兵衛に……、暁が動いた。
暁は一瞬で大きな猫の姿になると、彼を睨みつける。
そして一つ、唸り声をあげた。
吉兵衛が怯んだのを見た彼は、迷わず大きな手をあげ、吉兵衛の持つ木の棒を振り落とそうと腕を振るった……。
「やるじゃない」
恐怖の限界が来たのだろうか。
暁の手が吉兵衛の木の棒に届く寸前に、彼はころっとその場で気を失ってしまった。
あっけにとられ、目を見張る暁。
腕を上げたまま、首を傾げる姿がおかしかったのか、聡依は楽しげに声をあげて笑った。
「聡依殿ぉ……」
笑わないでよ、と不満げに聡依を振り返る暁。
そんな彼など気にも留めず、聡依はお春に腕を伸ばし、そして言った。
「帰ろうか」
お春がその手を掴んだ時、不思議なことが起こった。
彼女の体から、優美な姿の女がするりと抜け、お春の体が地面にゆっくりと倒れていく。
暁が慌ててそれを支えた。
そんな二人を不思議そうに見つめる彼女の手を引き、聡依はお春から完全に彼女を引き離した。
「本当にやっと会えたね、お夏」
にっこりと微笑みかかけた聡依に、お夏は嬉しそうに笑みを浮かべると、大きく頷いた。
73: 1:2011/12/26(月) 23:12:42 ID:GezEIMi77.
白い月が浮かんでいた。
静かな屋敷の中で寝息がいくつか。
疲れ切ったお夏と、暁、そして家鳴りたちのものだ。
その屋敷の主である聡依は、一人縁側に座り、眠れない夜を過ごしていた。
彼の奏でる三味線が、夜の空気を震わせる。ふと、それが違う何かで揺れた。
「あぁ、起きたんですか」
振り向くことなくそう問うた彼に、吉兵衛は身震いをする。
昼間のことと言い、あまり記憶がない中でも聡依の恐ろしさだけは妙に覚えていた。
「何をした……」
相手を脅すつもりで低く呟くと、返ってきたのは小さな笑い声。
ムッと眉を顰めると、聡依はすみません、と軽い口調で非礼をわびる。
74: 1:2011/12/26(月) 23:17:36 ID:GezEIMi77.
「私は何もしてませんよ。ただ、私の周りがいろいろとしたみたいで。すみませんでした」
一見、丁寧に見える彼の謝罪も、その口調と合わさるとまるで変ってくる。
馬鹿にされたと感じた吉兵衛は、それに答えることもなく無言で立ち上がった。
こんな妖屋敷、さっさと出ていくつもりだった。
「あぁ、そうだ。一つ訊きたいことがあるんですけれど」
「なんだよっ」
引き留める聡依に、苛立ち、つい言葉が乱暴になる。
ついでに舌打ちも漏れた。
それを気にするでもなく、聡依はついっとこちらを振り向く。
「なんで、お春さんを脅すような真似を?」
その問いに、吉兵衛の瞳は揺れた。
まっすぐこちらを射るように見つめる聡依から目をそらし、低く小さく呟く。
「……好きだったんだ。お春が。だけれど、全く相手にされていなくて、しかも他に好いている男がいるっていうから……、だから……」
「だからって脅して金をせびっていいわけじゃないでしょう」
しれっと呆れたような聡依の瞳に、吉兵衛は激昂した。
「違うっ! 金をせびったんじゃない! あれは、お春が勘違いして……。あっしはただ、彼女に協力するって言ったんだ。それで、少しでも接点ができればいいと思って……。だけど、お春が……」
「脅されたと勘違いしたんですね。それで口止め料として金を持ってきた」
吉兵衛はその言葉に頷く。
苦い言葉だった。
それほど、お春の自分に対する印象が悪かった、ということなのだから。
75: 1:2011/12/26(月) 23:22:18 ID:GezEIMi77.
「でも、あっしはそれでもお春に会えるならと思ったら、やめろとは言いだせなかったんだ……」
全部自業自得だ。
だけれど、それで片づけるにはあまりに苦い。
項垂れた吉兵衛に、聡依は一つため息を吐くと、背を向けた。
再び三味線が音を奏で始める。
「気を付けて帰えるといいよ」
ぼそっと雑に吐かれた言葉に、吉兵衛は目を見張った。
その声に今までにない何かを感じると、静かに一つ頷く。
そして広い部屋を出ていった。
76: 1:2011/12/26(月) 23:25:46 ID:GezEIMi77.
今日はこの辺で終わりです。
次でいよいよ事の全貌が明らかになります!
今日読んでくれた方、支援してくれた方、ありがとうございましたっ。
ではではノシノシ
77: 1 ◆fTDIHfjVnU:2011/12/27(火) 10:36:25 ID:GezEIMi77.
珍しくこんな時間からちまちま投下していきますよー。
あと、今晩はたぶんIDが変わるので、とりつけときまする。
78: 1 ◆fTDIHfjVnU:2011/12/27(火) 10:38:05 ID:GezEIMi77.
襖が閉まる音を、背中で聞いた。
「聡依殿」
「なに?」
「聴かせてほしいんですにゃ」
「なにを?」
「お春さんと吉兵衛のことです。一体、なんだったんですか?」
問われたことに、聡依は一度、手を止めた。
白く丸い月を見上げながら、問い返す。
「聴きたい?」
暁は黙って頷いた。
それを感じた聡依は、目を伏せ、自分の手にできた無数のかすり傷を見つめる。
「お春さんには好きな人がいたんだ――」
79: 1 ◆fTDIHfjVnU:2011/12/27(火) 10:39:50 ID:GezEIMi77.
お春には想い人がいた。
全く自分には関係ないと思っていた話。
だけれど、知らないうちにお春はどんどん深みにはまっていた。
見ているだけでいい。
あぁ、でも少しだけ話したい。
でも怖い。見ているだけにしよう。でも……。
そんなある日、彼女は母から縁談の話をされる。
大店からの縁談で、母はたいそう嬉しそうに話していた。
何があっても自分の味方だと信じていた兄を縋るように見つめてみても、兄も嬉しそうにしている。
兄の松之助はこういうところにひどく鈍感だった。
このままなら、私は何もできずに嫁に行かなければならなくなる。
初めて自分が好いた人。それなのに、何もしないまま諦めるなんて。
お春には我慢がならなかった。
「あっしが協力してやるよ」
店の前でうろついていたお春にそう声をかけたのは、吉兵衛だった。
悪い噂しか聞かない嫌な男。
どう考えても脅されているとしか思えなかった。
お金をせびられた。
嫌だったが、そうしないと自分は何もできないような気がした。
事実、吉兵衛は何度か彼と自分を話すきっかけを作ってくれた。
彼女一人ではできなかったことを、彼はこんなにも容易くやってのけた。
だから、やめられなかった。
80: 1 ◆fTDIHfjVnU:2011/12/27(火) 10:41:04 ID:GezEIMi77.
「お春っ! あんたって娘は――!!」
母に怒鳴りつけられた時、お春は相当の金を吉兵衛に渡していた。
いったいどこからばれたのか、彼女にはさっぱり見当もつかなかったが、なぜか母はお春が吉兵衛にはまり、貢いでいると勘違いしていた。
「おっかさん、違うの。私はっ」
「言い訳なんか聞きたくない! 中村屋の旦那さんから、縁談は考えさせてもらうっていわれちゃったじゃないか!」
母の激昂。父の冷たい瞳。頼りにならない兄。
お春はもうダメだと思った。
結局こうだ。こうなるなら、大人しくずっと……見ていればよかったのに。
吉兵衛が憎かった。
そんなある夜、お夏が現れた。
長年櫛と共にお春を見守ってきたお夏。
そして男にだまされ、売り飛ばされた経験があった彼女にとって、妹のように思っていたお春の一大事は見過ごせなかったのだ。
そして二人は吉兵衛に復讐をすると、約束を交わした。
81: 1 ◆fTDIHfjVnU:2011/12/27(火) 10:41:31 ID:GezEIMi77.
時間がないので、この辺でノシノシ
82: 1 ◆fTDIHfjVnU:2011/12/29(木) 13:03:18 ID:XpWUsd12W6
今気づいたんだが、ゲートボールセンターをずっとボーリング場だと思ってたんだぜ……。
そんな1は吹雪のため今日もこれません(´・ω・`)
投下は最悪年明けになるかもですが、絶対終わらせるので気長にお待ちくださいお……
ノシノシ
83: 1 ◆fTDIHfjVnU:2012/1/3(火) 13:24:40 ID:IEHoc/7hbw
あけましておめでとうございます!
そして、ただいま!!
今日もちまちま投下していきますよっ
84: 1:2012/1/3(火) 13:26:08 ID:IEHoc/7hbw
「というのが、今回の事の発端だよ。だけど、お前も聞いていたんだろう? 吉兵衛は金をせびる気なんかなかった。本気でお春さんが好きだったようだしね」
聡依は肩をすくめた。
その背中をじっと見つめる暁。
「それから、これにはもう一つ、勘違いをした人がいるんだ」
「それは……誰ですかにゃ?」
聡依は不意に振り返ると、暁の目を見つめた。
「おみよさんっていう人なんだ」
おみよは吉兵衛がずっと好きだった。
しかし、女ったらしの吉兵衛にとっておみよは大勢いる女の一人でしかなかった。
それを歯がゆく思っていたある日、密会するお春と吉兵衛の姿を見てしまう。
「二人はね、大の仲良しだったんだ。だからこそ、おみよさんにはお春さんが許せなかったんだよ。裏切られたと思ったんだろうね」
金を渡すお春。それを優しく見つめる吉兵衛。
許せない、と思ったおみよは、その足で中村屋に出向くと、そのことを洗いざらい話し、そしておおむら屋の女将にも告げ口をした。
「『お春さんが吉兵衛と言うろくでもないとこにたいそう貢いでいる』ってね」
85: 1:2012/1/3(火) 13:28:04 ID:IEHoc/7hbw
お金を渡していたのは事実だったこともあり、お春は上手に言い訳できなかったのだろう。
おみよの思った通り、彼女は中村屋の縁談も悪い方向に行き、吉兵衛とも会わなくなった。
「これは私の勝手な想像だけれどね。おみよさんはやっぱり羨ましかったんじゃないかな。お春さんは近所でも評判の美人。さらに大店から縁談まで来ている。そんな何もかも持っている彼女が、更に自分の想い人まで奪ってしまうなんて。許せなかったんだろうねぇ」
聡依は悲しそうにそっと呟いた。
結局、それぞれが自分の想いに振り回されただけだった。
それはあいつが悪いと言い切ることのできない行動。
だからこそ、なぜだか少し切なかった。
86: 1:2012/1/3(火) 13:29:20 ID:IEHoc/7hbw
「生きている人っていうのは、随分と面倒だね」
そう呟くと、聡依はまた暁に背を向け、三味線を弾き始める。
暁はそっとそばにより、その隣に腰を下ろした。
「聡依殿は、生き人は嫌いですか?」
返事がない。
暁は聡依をちらりと見上げ、別の問いを重ねた。
「聡依殿は人に何を言われても気にならないのですか?」
聡依が不意に暁の方を見る。
その手を止めず、じっと二人は視線を重ねた。
返事のない問いに、暁は視線を外す。
丸い月を聡依と同じように見上げ、それから自分の足元に目を落とした。
「……死んでから、好いてくれればそれでいいよ」
不意に聞えた声は、いつもの聡依のものよりもずっと頼りない声だった。
思わず聡依を見上げる暁。聡依はそれに気が付き、微笑みを返す。
「大丈夫。悲しかったことはあるけれど、寂しかったことはないから」
暁はその言葉に黙って頷く。
それを見ると、聡依は庭に目を戻し、それっきり暁の方を見ることはなかった。
暁も聡依から視線をそらし、黙って月の浮かぶ空を見上げた。
夜が明け、空が白々として来るまで、彼らはずっとそのまま無言の時を過ごした。
87: 1:2012/1/3(火) 13:36:40 ID:IEHoc/7hbw
続きはまた今夜でも!
それと、今きがついたんですが、今日で終わりそうです。
そしたら、また夜にノシノシ
88: 名無しさん@読者の声:2012/1/3(火) 13:43:26 ID:zmyX7GDdrI
終わりとか 寂しいです…
|ω・)oO(あと、そのうち描いてもいいですか?)コソーリ
89: 1:2012/1/3(火) 14:03:19 ID:iTGy3EI1C2
>>88
寂しいなんて!
ありがとうございます(*´∀`*)
うはぁっ、嬉しいです。是非お願いしますっ
90: 1:2012/1/4(水) 00:30:38 ID:IEHoc/7hbw
またぼちぼ投下していきますよー
91: 1:2012/1/4(水) 00:32:12 ID:IEHoc/7hbw
事件から数日後のある日、ようやくお春が落ち着いたのか、久しぶりに松之助が聡依の屋敷を訪ねてきた。
いつものように眠りこけていた聡依は、暁とお夏に叩き起こされ、一層不機嫌な顔で松之助の前に現れる。
それを何か勘違いしたのだろう。
松之助は聡依の顔を見た瞬間、
「緑青さまっ! もっ、申し訳ありませんでしたっ」
床に手をつき、頭を下げた。
ぽかんと口を開け、寝起きの顔を更に間抜けなものした聡依。
はて、と首を傾げた。
「あの、松之助さん?」
とりあえず顔を上げるように促し、聡依は松之助の向かいに腰を下ろした。
松之助は頭を下げたまま、何やら必死である。
「すっかりお礼が遅れてしまい、まことに申し訳ありませんでしたっ! 緑青さまのおかげで、妹はすっかり体調も良くなり……、縁談も何とかまとまりそうです。母に誤解を解くこともできたようです」
「いやいや、縁談とかなにやらは、私には関係ないよ。早く顔を上げてくださいな。私はそんなことで腹を立てるほど、器が小さいつもりはないですし」
お夏が持ってきたお茶を進めると、松之助はいったいどこから、と言う顔で驚き、最終的に顔を上げた。
「でも、まぁ、うまいこと言ってよかったですね」
「はいっ、これもすべて緑青さまのおかげですっ!!」
だから関係ないって言っているのに。
この際壺でもなんでも適当に言って売りつけたら、どんなに高くても買うんじゃないのか、こいつ。
聡依はほとほと松之助を見て呆れた顔。
はぁ、と適当な返事をしながら、お茶に手を伸ばした。
「あぁ、そうだ……。緑青さま、これを」
松之助はいそいそと袱紗に包まれたものを聡依に差し出した。
謝礼か、と一つ頷き、遠慮なくそれを受け取る。
「こんなに……、いいんですか?」
92: 1:2012/1/4(水) 00:33:37 ID:IEHoc/7hbw
その厚みに驚いて問うと、松之助は照れたように頭を掻く。
「実はそれ、私のへそくりなんです。コツコツ貯めたかいがありました」
妹のために自分のへそくりを差し出すとは、と聡依は目を張り、袱紗を開く。
そしてそのいくつかを返そうと思い、やめた。
「では、遠慮なく納めさせていただきます」
聡依は床に手をつき、松之助に深々と頭を下げた。
バカ正直なのか、松之助はそれを見てあわてて自分も手をつき、しっかりと頭を下げる。
その光景を見ていた太助は、なにをそろいもそろって、と呆れ顔で呟いた。
「そうだ、松之助さん」
ふと、思い出して聡依が顔を上げ、松之助が頭を下げていることにぎょっとした。
そんな彼に気づかず、どこまでも無邪気にはい? と返事をする松之助。
「いや……、その、とりあえず顔を上げてください」
今日何度目だよ……、とげんなりし、聡依はまた湯呑に手を伸ばした。
松之助が顔を上げ、自身も湯呑に手を伸ばす。
「お春さんの想い人って、いったい誰だったんですかね」
近所でも評判のお春の初恋の相手。
気にならないこともない。
さぞ色男なんだろうと思案を巡らす聡依に、松之助はあぁ、と一つ頷くとあっさりと答えた。
「貸本屋の清次さんです」
93: 1:2012/1/4(水) 00:35:43 ID:IEHoc/7hbw
「はぁ……なるほど……。えっ?」
驚き、目を見開く聡依。
そんな彼に驚く松之助。
「今、なんと?」
「え? いや、だから妹の想い人は貸本屋の清次さんですけれど」
「え? 貸本屋の?」
「えぇ、だから清次さん……?」
なぜそんなに聞くのだろうと不思議そうな松之助の向かいで、ただただぽかんと口を開けている聡依。
はぁ、と呆けたように頷き、そのまま何を間違ったのか、湯呑をひっくり返してしまった。
どうやら驚きのあまり湯呑を持っていることを忘れ、頬を掻こうとしたらしい。
「うわっ! お夏! ネコっ!! 手拭いを持ってきておくれっ!」
あたふたと自分の着物の袖で濡れたちゃぶ台を拭こうとする聡依。
奥から足音が聞こえてくると、暁が口に手拭いを咥え、現れた。
それを受け取り、ぽかんとする松之助の前で、慌てながら畳を拭いていく聡依。
不意に、松之助が笑いだした。
94: 1:2012/1/4(水) 00:37:14 ID:IEHoc/7hbw
「は?」
不思議そうに手拭い片手に顔を上げる聡依。
首を傾げる彼に、松之助は可笑しそうに顔を歪めたまま、首をゆっくりと振った。
「いや、緑青さまはいつも落ち着いていて……、だからそんな姿を見るのは、なんというか、意外でして……」
「はぁ……」
「人間らしいところもあるのだなぁ、と思いまして」
目じりに浮かんだ涙を拭うと、呆けている聡依にハッと気が付き、慌てて頭を下げた。
「申し訳ありませんっ。無礼なことをしまして……」
「いやいや、いいんですけど……」
聡依は困った顔で頬を掻き、また顔を上げるように促した。
松之助はおずおずと顔を上げ、そして聡依に微笑みかける。
「でも、緑青さまがとても優しい方だとよくわかりましたよ。お春がとても感謝していました。もちろん私もです。本当に、ありがとうございました」
お人よしで優しいのはあんたの方じゃないかと、聡依は松之助を見て思う。
しかしそれを口に出すことなく、代わりに丁寧な礼を松之助に返した。
95: 1:2012/1/4(水) 00:40:42 ID:IEHoc/7hbw
屋敷には妖がまた集まっていた。
今日は松之助の謝礼を使い、妖たちの労をねぎらうために宴会が開かれているのである。
楽しげに笑い、食べ、飲む妖たち。
その真ん中では三味線を弾く太助の姿が。
楽しそうな彼らを眺めながら、聡依は家鳴りたちに囲まれ、菓子を食べていた。
「しっかし、お春さんの想い人が清次さんとは、流石の私も驚いたよ」
「何を言ってるんですかにゃ。清次殿は近所でも評判の色男ですにゃ」
「初めて聞いたよ、そんなこと」
「聡依殿が興味を持たなかっただけです」
「物好きな人がたくさんいるんだねぇ」
家鳴りにせがまれ、大福を配る聡依。
やがて満足したのか、家鳴りたちはそれぞれ、歌い、踊っている妖の輪にと入って行った。
それを眺めて、聡依は軽く息を吐く。
「しかし……、お夏には驚いたね」
ちらりと暁に目をやると、彼も苦い顔をして頷いた。
意外にもかなりきっちりした性格のお夏は、暁はもちろん、聡依もぐうたらするのを許さなかった。
96: 1:2012/1/4(水) 00:42:08 ID:IEHoc/7hbw
「さて、もうそろそろ……、怖いおっかさんがやってくるよ」
月を見上げ、聡依が呟く。
暁は身震いを一つし、聡依の腕の中にさっと隠れた。
それからほどなくして、鍋を片手に鬼の形相をしたお夏が部屋に飛び込んできた。
げらげら笑う妖たちを片手でひっくり返すと、鍋を叩き、彼らを睨みつける。
「何時だと思っているのよっ! 撤収よ、撤収! さっさと、自分の家に帰りなさーいっ!!」
妖たちから一斉に抗議の声が上がる。
それに怯むことなく、お夏はもう一度鍋を叩いて彼らを静まらせた。
「うるさいって言ってるのよっ! 早く帰るっ!! もう宴会はお開きよっ!!」
その様子を見ながら聡依は小さく笑い、残った饅頭にかぶりついた。
そして口をもごもごと動かしながら、呟く。
「宴もたけなわに……ってやつですか」
笑う聡依を、暁は腕の中から不思議そうに首を傾げ、じっと見上げていた。
97: 1:2012/1/4(水) 00:43:52 ID:IEHoc/7hbw
町外れにある妖屋敷。
裏手には鬱蒼とした山が広がるそこには、誰も近づきたがらない。
そこに住まう若干18の少年といくつかの妖たち。
そんな彼らの日常は、今日も賑やかに過ぎて行った。
これで終わりです!
今まで読んでくれた方、支援してくれた方、本当にありがとうございました!!
98: 1:2012/1/4(水) 00:47:31 ID:IEHoc/7hbw
誰かいるかな……?
とりあえず、今後のことを一応。
もしも需要があれば、またちまちまと番外編でも投下しようかなと考えています。
需要がなければさくっと排除依頼を出そうと思っているのですが……。
どうでしょう?
今日はとりあえずこれで落ちますね。
それではノシノシ
99: 名無しさん@読者の声:2012/1/4(水) 20:17:08 ID:hTChg3IisE
是非、保管庫で お願いします
あと、できれば番外編読みたいなぁ チラッ
100: 1:2012/1/5(木) 23:07:29 ID:/0856AJwQo
>>99
需要があったようで、嬉しいです(*´∀`*)ありがとうございます。
ありがたいことに需要があったので、書かせていただきます!
またちゃんと話もいくつか書こうと思っているので、その合間におまけ話を書いていきます。
投下は明日からかな、と考えているので、もし暇だったら、また読んであげてください!
ではではノシノシ
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