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ターミナルの神様/epilogue
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1: ひととせ ◆EOQ3BRAmq.:2012/1/25(水) 16:15:39 ID:aLkl3hdfUg
・この作品は「ターミナルの神様」の番外短編集です。

・ものすごく多大なネタバレを含んでいますので、本編を読まれていない方はご注意ください。

・本編同様作者はsage進行ですが、レスの上げ下げはご自由にどうぞ。

・蛇足です。ていうか補足です。無理して読む必要はありませんから、閲覧は自己責任でお願いします。

・蛇足です。


57: ひととせ ◆EOQ3BRAmq.:2012/1/27(金) 21:17:25 ID:o7726pFAMk
訳の分からない駅のような場所に飛ばされて、訳の分からない二人組に追い返されて。

それでも、結局は良かったかもしれない。

暫くは会社に滞在していたから、俺が自宅の前に立ったのは数日が経ってからだった。

社内は慌ただしかったが、そこまで混乱しているようでもなかった。

別の科から同じくらいの地位の人が入って、俺のするはずだったものを片付けていた。

玄関先で、表札を見上げる。

かれこれ何時間そうしていただろう。

宮田と書かれた下に、家族三人分の名前が並ぶ。

いつもと同じ佇まいの我が家のその表札から、俺の名前はもうすぐ消えるのだろうか。
58: ひととせ ◆EOQ3BRAmq.:2012/1/27(金) 21:18:17 ID:o7726pFAMk
急に玄関の扉が開いて俺はのけぞる。

妻が新聞を取りに、家から出てきたところだった。

「あっ、ぶな……」

危ないだろう、と怒鳴ろうとして気付く。

思わず上げた声に気付くこともなく、妻は新聞や葉書を眺めていた。

本当に死んでいるのか。

分かってはいたが、改めて突き付けられるとどうにも複雑だ。

気を取り直して開いた玄関から家の中に滑り込む。

ものに触れられないと分かってからも、どうしても壁を通り抜ける気分にはなれないのだ。

俺は幾日か振りの自宅に、足を踏み入れることになった。
59: ひととせ ◆EOQ3BRAmq.:2012/1/27(金) 21:18:53 ID:o7726pFAMk
埃っぽいことを除けば、部屋は綺麗に片付いていた。

妻は郵便物を持ったまま、居間の一角、遺影の置かれた棚の方に向かう。

遺影にはいつかの社内新聞で、広報に撮られた写真が使われていた。

急なことだったから、用意もしていなかった。

俺は妻の後について自分の遺影の前に座り込んだ。

「あなた、今日の新聞ですよ」

妻が遺影の前に新聞を置く。

口振りからして、毎日置いているようだった。
60: ひととせ ◆EOQ3BRAmq.:2012/1/27(金) 21:20:01 ID:SclZQjm4pU
「あなたってば、情報に遅れるって、うるさいんですもの」

俺は隣の妻を見つめる。

ふふ、と笑う妻の横顔はやつれていた。

最近では仕事ばかりで、ろくに家に戻ることもしなかった。

ずっと一人で、家を守っていたのだろうか。

少しの罪悪感が込み上げる。

俺は喉の奥から、何とか掠れた声を絞り出した。

「そんな所に置いても、俺が読めないだろう」

俺の声は妻に届くことなく、ただその場に落ちて、消えた。
61: ひととせ ◆EOQ3BRAmq.:2012/1/27(金) 21:20:38 ID:SclZQjm4pU
鍵の開く音が静寂を破る。

あら、と腰を浮かす妻の横で俺は身を硬くした。

娘が学校から帰ってきた。

玄関に向かうべきか迷う俺の横を、妻がぱたぱたと駆けてゆく。

「お帰りなさい、絵理」

「……ただいま」

絵理の声は不機嫌そうだった。

どうするべきか迷う俺をよそに、二人分の足音が近付いてくる。

「絵理、自分の部屋に行く前に」

「分かってるよ」
62: ひととせ ◆EOQ3BRAmq.:2012/1/27(金) 21:21:49 ID:wKwNii9EEI
顔をしかめた絵理が居間に入ってくる。

俺が身動きする暇もなく、絵理はまっすぐに遺影の前に座ると線香を取った。

意外だった。

流石に拒否することはないだろうと思ったけれど、普段は仏壇にも手を合わせない子だったから、余計に。

澄んだ鉦の音が、長く尾を引いて残る。

絵理は静かに目を閉じて合掌した。

「――……、」

絵理の唇が僅かに動いて、何かを言う。

俺がそれに気付いたときには、絵理はもう蝋燭を扇ぎ消して立ち上がってしまっていた。
63: ひととせ ◆EOQ3BRAmq.:2012/1/27(金) 21:23:53 ID:aLkl3hdfUg
「じゃあお母さん、私もう、部屋に行ってるから」

「ええ」

絵理が鞄を持って部屋を出る。

俺は少し迷って、絵理について行くことにした。

階段を上りながら思う。

娘の部屋に入るのは、一体何年振りだろうか。

少しませてきた頃にはもう、追い出されるようになっていた。

皮肉なことだ。

一度死なないと、娘の部屋に入ることすらできないのだから。
64: ひととせ ◆EOQ3BRAmq.:2012/1/27(金) 21:24:47 ID:aLkl3hdfUg
絵理は机の上に鞄を置くと、そのままベッドに沈み込んだ。

制服が皺になるだろう。

そう叱りたくても、この声が届くことはない。

絵理は動かない。

俺はぐるりと辺りを見回した。

まともに入ったのは絵理が小学生の頃以来だが、その頃よりも断然本が増えた。

分厚い参考書が立ち並び、壁には地図や暗記事項のメモが、机には書き込みの細かいプリントが無造作に置いてあった。

ちゃらちゃらしているだけだと思ったら、どうやら違うらしい。

手提げ鞄の口からは、付箋がびっしりと貼られた単語帳が覗いていた。
65: ひととせ ◆EOQ3BRAmq.:2012/1/27(金) 21:25:36 ID:aLkl3hdfUg
携帯のバイブが鈍い音を立てる。

絵理は気だるそうにポケットからそれを取り出すと、ろくに確認することもなく電源を切った。

「何で突然死ぬのよ……」

絵理が布団に顔を埋める。

俺はその様子を、黙って見下ろしていた。

「……金に困って、迷惑だったか」

静かに問いかける。

絵理に聞こえるはずもないが、それでも俺は続けた。

「お前を大学に行かせる金くらい、積み立ててある」

妻の妊娠が分かってから、毎月五千円。

普通の貯蓄とは別の絵理だけの口座に、どんなに厳しい月も、絶対に欠かさず振り込んでいた。
66: ひととせ ◆EOQ3BRAmq.:2012/1/27(金) 21:26:15 ID:aLkl3hdfUg
必死に勉強する理由も、勉強していたこと自体も知らなかった。

俺は娘の夢さえ知ろうとしなかった。

そんな奴に父親として威張る資格なんて、最初からなかったんだろう。

絵理が反発するのも当然だった。

「ずっと、苦しかったのか」

電源を切られた携帯電話を、眺めながら呟く。

会社での俺と同じように、学校で重なるストレスもあったのだろう。

親に当たらずにはいられなかったのかもしれない。

ただ、受け止めてやれば良かったのだ。
67: ひととせ ◆EOQ3BRAmq.:2012/1/27(金) 21:26:55 ID:aLkl3hdfUg
我慢できずに、俺は絵理の頭を撫でた。

案の定手のひらは透き通って、絵理に触れることはない。

そう、思ったのだが。

「お父さん……?」

絵理が弾かれたように顔を上げる。

信じられない、というような表情をしていた。

「お父さん?いるの、お父さんでしょ、出てきてよ」

俺は動けなかった。

起き上がって見回すも、絵理の視線は俺を素通りする。
68: ひととせ ◆EOQ3BRAmq.:2012/1/27(金) 21:27:37 ID:aLkl3hdfUg
いるだろう、ここに。

そう呼び掛けても、決して絵理の耳に届くことはない。

「出てきて、お願い」

ベッドを降りて部屋を見渡しても、絵理の目に姿が映るはずもなくて。

絵理の声が、次第に泣きそうに歪む。

立ち尽くす俺の目の前で、絵理は床に崩れ落ちた。

「おとうさん……っ」
69: ひととせ ◆EOQ3BRAmq.:2012/1/27(金) 21:28:12 ID:aLkl3hdfUg
自分が変われば、もう少しましな親子になれていたのかもしれない。

もう少し、互いを大切にできたのかもしれない。

もしそうだったら、将来、そんな時期もあったなと、笑い合える関係になれたのだろうか。

「絵理」

そんなことを考えるには、もう遅いけれど。

俺はもう一度絵理の頭を撫でた。

触れられなくても、この思いが少しでも伝わればいい。

「十分だ」
70: ひととせ ◆EOQ3BRAmq.:2012/1/27(金) 21:32:53 ID:tbpDYj2bNQ
俺は立ち上がる。

この再会に、俺は満足していた。

望むことがあるとすれば、ひとつだけ。

俺は部屋を出る。

去り際に、すすり泣く絵理の姿が焼き付いた。

父さんにはもう何も、してやれることはないから。

幸せになれ、たったひとりの愛娘よ。






番外編3:君の未来に祝福を おわり。
71: 名無しさん@読者の声:2012/1/27(金) 21:58:11 ID:f4YQ0hqzzA
だめだ画面がみえん…

これからは父に優しくしたいな…ぐすん

素敵な作品をありがとう…!

つC
72: 名無しさん@読者の声:2012/1/27(金) 22:28:16 ID:oxe0cJ6A4M
目から汗が…(´;ω;`)
また他のエピローグがあればお願いします。

つC
73: 名無しさん@読者の声:2012/1/27(金) 22:47:04 ID:XB8fowyCj2
画面が見えない(´;ω;`)
ナイスな終わり方です!

つCCCCC
74: 名無しさん@読者の声:2012/1/28(土) 01:42:07 ID:5NcIsSSwMw
やばい涙が…(´;ω;`)

ほんとにひととせさんの書く文章大好きです(´;ω;`)(´;ω;`)
番外編が嬉しすぎる…(;_;)
感動しまくりです(T_T)
75: 74:2012/1/28(土) 01:42:49 ID:4bhoiYs27A

忘れてたあわわ

つCCCCC

76: 名無しさん@読者の声:2012/1/28(土) 03:29:37 ID:LzDSOngupQ
あぁもう画面がにじむ…(´;ω;`)
ターミナルを読むと、絶対に自殺とかいけないなって、自分が死んだら悲しむ人っているんだなって、思ってしまいます。
大事な人を悲しませないように、毎日を過ごそうという気になれる物語…。

ガチ感想文すみません。
そして(´;ω;)つC
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